● 賠償金文化(コンペンセーション・カルチャー)
我が家ではイギリスの衛星放送を受信していますが、一昨年くらいから増えてきたコマーシャルが、クレームXX、○○クレームなど損害賠償を事故当事者に代わって請求する会社のものです。
先日もテレビを見ていると、この手のコマーシャルが流れていました。ついにこんなものにまで損害賠償を求めるようになったのかと半ば感心して見ていると、それはカップ麺の宣伝でした。パロディーまで現れるほどの盛況です。
クレームといえば、日本語では「クレームをつける」など、苦情・不平・不満、さらにはイチャモンにまで等しい意味をもち、かなりネガティブな意味合いを持ちます。最近では「クレーマー」なる和製英語もあるということで、これはかたっぱしから企業に文句をつけることを至上の楽しみとしている人のことらしい。一方、英語では「(当然の権利の)請求・主張」という具合にネガティブな意味合いはありません。(だからこそ、上記のように会社の名前の一部にも使われているのでしょう。)強いて言えば、動詞として使われる場合に、「(事実関係はともかく、当人はこのように)主張している」というような具合で、若干ネガティブなニュアンスを含むことがあるくらいでしょう。
作業中にはしごが倒れて怪我をして入院し、数週間働けなかった職人さん、サッカーの試合中に怪我をし、それ以降一生スポーツができなくなった男性、遊園地で目に怪我をし、一生めがねなしでは暮らせなくなった少年などがコマーシャルに現れます。一時期は、「新しい車がほしいなぁ。子供の学費もかかるし・・・。そうだ、この前事故にあったっけ。」というようなコマーシャルまでありました。さすがにこれはあざといと思っていたのですが、その後すぐにこのコマーシャルが姿を消したところを見ると、同じことを思ったのはわたし一人ではなかったようです。
このような会社が増えたのは、イングランド及びウェールズでの法律改正に伴い、"No win, No fee"(訴訟に負ければ訴訟費用はいただきません)ということが事務弁護士にとって可能になったからだということです。客としては、訴訟に負けても失うものはなく、得することはあっても損することはないということになります。こんな双方にとってうまい話はありません。それもそのはず、弁護士側としては勝ち目のない訴訟は最初から請け負わないのです。コマーシャルの中でも、よく見ると小さな文字で「保険に加入していることが必要な場合もあります。」と書いてあります。多くの場合は、被害者本人の保険会社を訴えることによって賠償金を勝ち取るようです。また、事故の加害者を相手取る場合も、法廷にまで持ち込まずに示談でまとめることが多いということです。
コマーシャルの中では、「XXさん、賠償金額6000ポンド」など、とても魅力的な金額が示されていますが、この金額全額が被害者の懐に入るわけではありません。ここから代理請求会社に訴訟費用が支払われるわけです。このパーセンテージがあまりにも大きいということで社会的問題になり、株価が下がったために、あわてて手数料率を見直した会社もあります。
最近、カタログ販売用のカタログを配っていた女性が、ある家の庭の敷き石につまづいて怪我をし、その家の持ち主を訴えたケースがありました。割れた敷き石を修理しなかった家主に非ありということで、かなりの金額の賠償金支払いが家主に命じられました。気の毒なのはこの家の持ち主のほうです。郵便の配達というならともかく、頼まれもしないカタログを配るために勝手に他人の家の敷地内に侵入した人間に、医療費プラス働けなかった時間の補償まで負担しなければならないなんて、正義はどこにある?とわたしでも叫びたい気持ちになります。一般市民の権利よりは犯罪人の権利のほうを重視するイギリスの裁判所のことですから、泥棒が家に侵入しようとして怪我をしたからといって家主に賠償金を支払わせるような日も、そう遠くはないかもしれません。
このように損害賠償請求で一儲けしようという最近の傾向は、「コンペンセーション・カルチャー」という言葉になるほどイギリス人の間に広がりつつあります。事故で働けなかった期間に本人及び家族が被った経済的・精神的打撃を和らげるのに賠償金が役立つならば、それは当然の「クレーム」でしょう。しかし、くだんのコマーシャルのように、新しい車がほしいから、旅行をしたいからと、たなぼたを期待して人々が賠償請求を始めたら、その付けはいつかは自分たちに回ってきます。まず、保険料が上がるでしょう。たとえば、遊園地の乗り物で怪我をし遊園地側に賠償請求をする人たちに備えて、遊園地経営者は保険料を積み増します。その分はやがては入園料や乗り物代という形で利用者一般に転嫁されるでしょう。市道の舗装が壊れ、修理されていなかったために転んで怪我をしたといって市を相手取って賠償請求する人が増えれば、そのうちに住民税も上がるに違いありません。なにごとも限度が肝心。正当な代償額を越えて儲けようなどと思うなら、それはいつかは自分たちに跳ね返ってくるものです。