● 「イギリスつまみ食い」流パブガイド〜一般常識編〜
イギリスのパブには大きく分けて2つのタイプがあります。住宅街の中のパブと交通の要所や美しい田園風景の広がる中に位置するパブです。
住宅地のパブは地元の人々の社交の場としての役割を果たしています。このようなパブはえてして、男性ばかりが集まっており、ビールを片手に話をしているか、ダーツ(標的に矢を投げて得点を争う室内ゲーム)や玉突きに興じています。こんな中によそ者が入っていくと、じろじろと見られることになります。このようなパブで食事を出すところはあまりありません。客はみな家で食事を済ませてくるからです。このようなパブはしばしば「ローカルパブ」と呼ばれます。つまり、近所の人たちのための近所のパブということです。
これに対して、交通の要所や田舎にあるパブには、食事を出すところが多く見られます。かつては、パブの食べ物といえば、プラウマンズ・ランチのようなサンドイッチに毛が生えたような簡単なものが主流でした。プラマンズ・ランチは、チーズあるいはハムなどにフランスパンかロールパンが付いて、バターにレタスやトマトなどのちょっとした生野菜を添えたものです。ほかにかつてのパブの典型的な料理としては、チキン・アンド・チップス(フライドチキンにフライドポテト)やフィッシュ・アンド・チップスなどが挙げられます。パブではおつまみは出しません。ちょっと何かをつまみたいというときには、小さな袋入りのポテトチップス(crisps)やピーナッツ、ポーク・スクラッチング(豚の皮を油で揚げたものが原型になっていて、健康志向の強い昨今では、脂肪分が高そうなイメージからいとわれる傾向にあります)などを買います。かつては、日曜日に、ローストポテトやザルガイなどをカウンターに置いて、つまみとしてただで客に出したパブもあったそうです。
最近では、食事を出すパブが急激に増えています。飲み物より食べ物のほうが利益率が圧倒的に高いという経営判断によるものです。中にはグルメガイドに載るほど食事に力を入れているパブもあります。このようなパブの中で流行の先端を行っているのが、中華料理やタイ料理・マレーシア料理などの東洋料理を出すレストランを一部に兼ね備えたパブです。また、ビーフイーターやハーベスターなど大手パブレストランチェーンの傘下に入るパブも増えてきました。これは日本のファミリーレストランに近いものです。どのレストラン(パブ)に行っても、カラー印刷の同じメニューが出てきます。また、最近特に人気があるのが、パブでのサンデーランチ。イギリスでは、日曜日の昼食時(1時〜3時くらい)にロースト肉の食事をする伝統がありますが、5ポンド(約千円)前後でパブで食べることができるようになったので、パブに出かける家族が増えてきました。日曜日はゆっくりしたいという働く女性に重宝がられています。
このような交通の要所や田舎にあるパブでは、旅行者や観光客、家族連れの客が大部分を占めます。特に、週末を近郊で楽しむ都会に住む人々、とりわけ家族連れのくつろぎの場所という色合いが最近とみに濃くなっているようです。そこで、裏にはビアガーデンと呼ばれるベンチとテーブルを置いた庭があり、すべり台やぶらんこ・ジャングルジムなどが設置されたパブも多く見られます。
パブの中には、"The Anchor Inn"や"The Bull Inn"など、名前の一部に"inn"という言葉の入っているところもあります。"inn"は、かつては旅人に宿泊施設と飲み物や食べ物を提供する家を意味しました。街道沿いに位置することが多く、乗り合い馬車の停車場として旅人の休憩所になっていたわけです。このようなかつての宿屋は、経営者の意図や交通事情の変化などにより、今では宿泊施設を一般に提供するのをやめて普通のパブとなっているところもありますが、依然パブと宿屋を兼ねているところもあります。このため、"inn"はパブと呼ばれることもよくあります。地理的条件からして、元宿屋のパブ、"inn"は、上記の分類のうち、後者のタイプに属するものが多いと言えます。
もう一つ最近増えてきたのが、テーマパークならぬテーマパブです。中に入っていくと、まるで船の中のいるような錯覚を覚えるパブ、あるいは教会からそっくり内装を移して来たパブなど。このようなパブは改装に金がかかるため、ビール会社が提供する資金に頼るところが多いようです。古い"inn"スタイルのパブが商業主義にどっぷり浸ったテーマパブに姿を変えるのを嘆く向きも少なくはありません。このようなパブも、対象とする客層からして、後者のタイプに属すると言えるでしょう。地理的には、ロンドンなど都会に多いようです。
このようなビール会社の傘下に入っているパブに対して、特定のビール会社に縛られないのが"free house"です。このようなパブでは、経営者の意図で自由に好きな銘柄を出すことができるため、珍しいビール(次の号で述べますが、特にビター)に巡り合うこともよくあります。そこで、ビール好きの人たちは、看板に"free house"という文字を見つけると、食指が動くようです。
パブに関してはいろいろな法律があります。まず、パブにはライセンス(免許)が必要で、これは管轄の地方自治体によって管理されています。また、イギリスでは18歳未満の飲酒は法律で禁じられています。(ただし、大人と一緒に同じ食卓で食事をする場合には、アルコールを飲んでもよいということです。)16歳未満はカウンター近辺には立ち寄れないことになっていますので、当然飲み物の注文はできません。そこで、事実上、子どもは大人同伴でない限りパブには行けないことになります。また、子どものパブ内部への立ち入りを許すには、特別な証明書が必要になるなど、子ども連れが増えてきたとはいえ、やはりパブはもともと大人のもの(それも男性のもの)という感じが残っています。
最近では、1日中営業のパブが増えてきましたが、かつては昼食時と晩に限られていました。昨年、サッカーのワールドカップが開催されたときには、日本でのイングランドの試合中継にあわせて、一時的にライセンスを延長し、朝の開店を特別に許されたパブもあります。(マイケル・オーウェンの「ローカルパブ」はこの特別措置を許されなかったというので全国ニュースになっていました。)パブの閉店は通常、平日で11時、日曜日で10時半となっています(これもそれぞれのパブに与えられたライセンスによります)。この時間には、がらんがらんという鐘の音が聞こえてきますが、これはラストオーダーを告げるものです。このときまでに注文を済ませます。パブを閉めなくてはならない時間というのは事実上なく、このときまでに注文を済ませた飲み物はパブにとどまって飲むことができます。かつてパブの営業時間を延長するように法律改正を要求する声があがりましたが、反対意見の主なものは、それによって酔っ払いが増えるのではないかというものでした。それに対して、現在の制度の下では、ラストオーダーの鐘の音とともに、駆け込みで大量の酒を注文する客が多く、短い時間で大量のアルコールを消費することこそ、酔っ払いを増やす原因になっているという意見もあります。