● 「イギリスつまみ食い」流パブガイド〜注文編〜
前号でお約束したとおり、今回からはパブでの正しい振る舞いかたについてということになります。
まずパブに入っていきますが、この場合まっすぐにカウンターに向かいます。ヨーロッパ大陸のバーやカフェなどの場合は、まず空いているテーブルを見つけ、そこに座るとウェイターが注文を取りにやってきますが、イギリスのパブの場合は、自らカウンター (bar) に進み、カウンターの向こう側の店員(bar staff)が声をかけるのを待ちます。イギリス名物のキュー (queue、列)を作る必要はありません。カウンターの空いているところに寄りかかりながら立ち、店員を目で追います。同じように注文をしようとしている人が何人いても、有能な店員なら、誰が一番最初か、きちんと順番を知っているからです。自分の記憶力に自身のない店員の場合には、"Who's next, please?"(次の方どうぞ)と聞きますので、一歩前に進み出て、自分のほしいものを告げます。万が一、店員が後から来た人に注文を聞こうすることがあるかもしれませんが、公正を尊ぶイギリス人の中には、「あちらの人のほうが先です」と店員の間違いを正す人も少なくないので、ご安心を。
さて、こうして自分の順番が来たら、「ハロー」と挨拶した後、自分のほしい飲み物を店員に告げます。ビールの場合、ラーガー (lager) とビター (bitter) の2種類がありますので、どちらかを指定します。日本のビールはラーガーのほうです。ビターはラーガーより茶色がかっており、苦味があります。ただの「ビール」はイギリスのパブには存在しません。すっかりスペインでの生活に慣れてしまった夫が先日うっかり"small beer, please"と注文したところ、意に反してビターが出てきてしまいました。「ビール」と注文した場合には、運を天にまかせることになります。
生ビールを注文するときには、さらに容量を指定しないといけません。大きなコップは1パイント(568ミリリットル)、小さなコップはその半分のハーフパイントです。したがって、日本風のビールを大きなコップに1杯と小さなコップに1杯ずつ注文するときには、"One and half pints of lager, please"となります。こうすると、通常その店で一番安いラーガーの銘柄が出てきます。ビター飲みには銘柄にうるさい人が多いと見えて、"A pint of bitter, please" というのはあまり耳にしません。注文する前に、どんな銘柄のビターがあるのかをまず確かめるようです。特に地酒にはどのようなものがあるかを尋ねます。こうして、"A pint of John Smith's, please" というように銘柄を指定して注文するわけです。
こうして、店員がポンプからビールをコップに注いでいる間、ゆっくりと待ちます。店員はまずコップの下1センチくらいまで注いだ後、泡が消えるのを待ちます。そして、ゆっくりと残りを注ぎ足し、ビールが泡のない状態でコップのふちまで達したのを確認してから差し出します(最近のコップはこの手間を考慮して、1パイントあるいはハーフパイントより若干大きめに作ってあるようです。この場合、泡とビールの境目が1パイントを示す線に達するようにします)。イギリス人はこの点にたいへん厳しいのです。1パイントと言ったら、1パイントのコップのふちまでなみなみとビールが注がれていないと許せません。それも泡を含まない100パーセントビールだけの状態で。指定容量に満たないビールを差し出されるのは、つり銭をごまかされるのと同じことです。外国でイギリス人フーリガンが暴れるのは、このへんのこだわりを外国人店員が理解しないからではないかとも言われています。
ちなみに、オランダ人は泡が好きだと見えて、スペインの我が家の隣りに住むオランダ人夫婦は、イギリスのビールには泡が無いと不満です。彼らは近くのイギリスのパブに行くと、ビールとともに予備のコップを注文します。そうして、2つのコップに交互にビールを移しながら、コップ半分くらいまで泡が立つのを待ってから飲みます。
ビールのほかにポンプから注がれる飲み物には、サイダーやギネス(あるいはマーフィーズやキャフリーズ)などがあります。サイダーはイギリスではアルコール飲料を意味しますのでご注意を。リンゴ汁を発酵させて作った酒で、だいたいどこのパブでも、ストロングボウ(Strongbow)など、全国ブランドサイダーを最低1つは置いてあります。特に銘柄は指定しなくても、"A pint of cider, please"で通常十分です。ギネスはすでに日本でも有名でしょう。アイルランドの代表的なスタウト(stout、黒ビール)ですが、こちらはラーガーとは異なり、上にきめの細かいクリームのような泡が欠かせません。運がよければ、この泡の表面にシャムロック(shamrock、3つ葉の草でアイルランドの象徴)の押印がついてきます。これに必要な道具を備えているパブが少ないのか、あるいはこれに必要な技術を習得している店員が少ないのか、過去3〜4回しかわたしはこの幸運に恵まれたことはありません。この場合は、"A pint of Guinness, please"と銘柄を指定します。そして、ビール部分が茶色から黒に変わって行くのをじっくりと待ちます。宣伝にもあるように、「待つ者こそ報われる」です。
さて、ここで、特に女性に注意していただきたいのは、パイントは男性の飲み物であるという固定観念があることです。特に周りの人々に強烈な印象を残したいという意図でもない限りは、ハーフパイントにしておいたほうが無難です。そもそも、ビールを飲む女性はイギリスではあまり多くありません。典型的な女性の飲み物としては、白ワイン(辛口が断然おしゃれ)や、ジントニック(英語では"gin and tonic")やウォッカとオレンジジュースなど、蒸留酒と清涼飲料の組み合わせが挙げられます。これも時代によって流行があり、年配の女性の間では、ウィスキーにジンジャーエールやレモネード(レモン風味の透明で甘い炭酸飲料)などの清涼飲料を加えて飲む人が多く見られますが、最近の流行はウォッカだそうです。若い女性の間では、ウォッカにレモンソーダをブレンドしたスミノフアイスやラム酒に各種フルーツソーダをブレンドしたバカルディブリーザーなど、蒸留酒と清涼飲料を予め混ぜて瓶詰めにした飲み物が流行しています。スミノフアイスは若い男性の間でも人気があります。
また、時間によっても人気の飲み物は変わります。昼間はシャンディー(shandy、ビールとレモネードを混ぜたもの。これもラーガー・シャンディーかビター・シャンディーか指定したほうが無難です)やホワイトワイン・スプリッツァ(white wine spritzer、白ワインにソーダ水あるいはレモネードを混ぜたもの)など、アルコール分を低くした軽い飲み物がよく飲まれます。また、季節によっても人気の飲み物は変わります。夏の典型的な飲み物としては、ピムズ・アンド・レモネード (Pimm's and lemonade) が挙げられるでしょう。これはイギリスのサングリアとも言えるもので、パブでは数人で飲むように大きな瓶(かめ)にレモンの輪切り入りで出てきたり、屋外のパーティーでは、キュウリやミントの葉、イチゴなどの果物が中に入って出されたりします。季節物と言えば、特にアルコール分を高くしたウィンターウォーマー (winter warmer) と呼ばれるビターが冬のある特定期間発売されますので、男性のみなさん、機会があればお試しを(もちろん、女性のみなさんがお試しくださっても結構ですが、やっぱりビターは男性の飲み物といいうのが固定観念です)。風邪のひきかけに効果があるという噂です。
カクテルを出すパブはあまりありません。こちらはむしろ、バーの領域に入るのでしょう。ブラディ・メアリーがほしければ、「ウォッカとトマトジュースにリー・アンド・ペリンズ(ウスターソース)をちょうだい」と注文して、自分でこれらを混ぜることになります(かき混ぜるためのストローも忘れずに注文しましょう)。
ビールの注文のしかたは以上の通りですが、ジントニックなどを注文するときには、"Ice and slice?"という追加質問がありますので、最後まで気を抜かないようにしましょう。氷とレモン片入りを希望する場合は、"Yes, please" と答えます。
いくつかの飲み物をまとめて注文する場合は、2つくらいで区切って注文するのが効率的です。最初に注文した飲み物の準備が終わると、"Anything else?" と店員が聞きますので、次の飲み物を注文します。最後に「それだけです。」"That's all" と言うと、店員が合計金額を告げます。
さて、ここまでが飲み物の注文でしたが、前の号で述べたように最近は食べ物を出すパブがとみに増えてきました。今度は食べ物の注文のしかたをご紹介しましょう。
普通のパブの場合、食べ物のメニューはカウンターに置いてあり、これを見てカウンターで店員に注文します。このとき、同時に支払いを済ませるのが普通です。テーブルについて待っていると、食べ物を運んできてくれます。
食べ物に力を入れているパブや、大手レストランチェーン傘下のパブの場合、一見して明らかにレストラン部分は別になっていますので、レストラン部分の入り口に立って、ウエートレスかウエーターにテーブルまで案内されるのを待ちましょう。それから後の手続きは普通のレストランと全く同じです。
以上がパブでの注文のしかたでした。さて、いよいよ次回はお勘定のしかた。これこそ、円熟した技術が要求されるところです。