● キリスト抜きのクリスマス
今回はイギリスからの発信です。3年ぶりにイギリスでクリスマスを迎えます。最近は9月にクリスマス用品が店に並び始め、11月に入ったくらいからクリスマス一色になり、12月初め頃にはクリスマス気分も中だるみになるようですが、まったく盛り上がりのないスペインからいきなりイギリスにやってくると、クリスマスを待つ興奮と気ぜわしさがとても快く感じられます。やっぱり、クリスマスは、冬が長くて暗くて寒い北ヨーロッパのお祭りと言えるでしょう。冬が厳しければ厳しいほど、その最中の楽しみを待つ気持ちは盛り上がるというものです。
この"Anglo-bites"(イギリスつまみ食い)は、もともとイギリスの伝統と習慣をご紹介するというのがメインのテーマでした。これはわたし自身が特に外国の伝統と習慣に興味があったためです。そこから話題を広げて、イギリスの最近のトレンドなどをご紹介するようになりましたが、伝統と習慣に対するわたしの関心は変わっていません。クリスマスはその凝縮と言えるでしょう。(クリスマスの伝統・習慣に関して興味のある方は、ぜひホームページのバックナンバー一覧から第5回・6回・7回のクリスマス特集をご覧下さい。URLはこのマガジンの一番下にあります。5年前に書いたものですが、伝統ですのでもちろん内容は変わっていません。)
ところが、今年はそのクリスマスに変化が起きています。議員など公的立場にある人たちや警察などの公的機関からのクリスマスカードから「クリスマス」という言葉が消えつつあります。その代わりに"Season's Greetings"という表現が使われるようになりました。これなら、受け取った人がユダヤ教徒でもイスラム教徒でもヒンズー教徒でもさしさわりがないというわけです。また、雇用平等法により聖母子像やキリスト降誕風景などキリスト教色の強いクリスマスカードを職場で飾ることが禁じられました。ほかの宗教を信じる同僚たちの目に触れた場合、気分を害するからということです。以前からポリティカリーコレクトネスの行き過ぎが目立ってきてはいましたが、クリスマスからキリスト教を除こうという動きはばかばかしさの極地に達したようです。
もっとも、キリスト教に関係のないクリスマスカードのほうが圧倒的に多いのも事実です。クリスマスカードを送る習慣はヴィクトリア時代に始りましたが、その当時もキリスト教にはあまり関係ない絵柄が使われていたそうです。教会に行かない人が増えてきた現在となると、あまりキリスト教色の強いカードは敬遠され、コマツグミやクリスマスツリー、雪景色やセイヨウヒイラギの花輪などの絵柄が主流になっています。
もともとクリスマスの土台にあったのは土着信仰のお祭りでした。冬の厳しい北ヨーロッパには、キリスト教が伝わる以前から冬の最中に祭りがあったようです。イギリスの場合は、冬至を境に日がのびていくのを祝ったドルイド教の祭りがもとになっています。キリスト教がイギリスに上陸したときに、これにキリストの降誕を祝うという意味合いが加わり、クリスマスの習慣ができあがったわけです。復活祭同様、地元の土着信仰の祭りを行事として取り込むことによってキリスト教を急速に広めるという戦略はみごとに成功したわけですが、あまりにもうまく溶け込みすぎて、どの部分が異教の祭りで、どの部分がキリスト教の祭りなのかわからなってしまったことも確かです。一方、緯度が比較的低いため夏と冬とでそれほど日照時間が違わず、気候も温暖な南ヨーロッパのスペインのような国にはこのような土着の祭りという土台がなかったのか、あるいはキリスト教が土着信仰を圧倒するほどすっかり浸透したためか、クリスマスからキリスト教を除いてしまうと何も残らなくなってしまいます。
また、クリスマスの商業化もクリスマスをキリスト教から切り離しつつある原因の1つでしょう。商業主義はクリスマスを、プレゼントとカードをやり取りし、おいしいものを食べ、たくさん酒を飲むという単なるお祭りに変えつつあります。
このような理由からクリスマスからキリスト教を取り除いても、現代のクリスマスにはあまり影響がないのも事実です。しかし、キリスト教はやはりイギリス伝統のクリスマスの重要な柱であり、イギリス文化の一部でもあります。ほかの宗教を信奉する人たちに気をつかうあまり、イギリスの伝統の一部が失われるのはたいへん残念なことです。
外国人の立場からしても、比較的新しくやってきた住民の文化を受け入れるために、土着の文化が希釈されてしまうのは残念なことです。すべての国がイギリスのようにあまりに移民に気を使いすぎると、そのうちに世界中どこの国に行っても、同様に特色のない習慣・文化があるだけということになりかねません。そうなったら、地球はとてもつまらない場所になるでしょう。(でも、たぶん移民文化の流入に厳しいスタンスをとっているフランスが最後まで自国の伝統を守ってくれると思いますが。)異文化に寛容であることは大切ですが、もともとそこにある文化・伝統を守ることはもっと大切だと思います。移民の人たちも、単に経済的な豊かさを求めて外国に移り住むのではなく、そこにある文化と伝統を尊重してもらいたいものです。