● イギリスの夏
7月上旬よりイギリスに来ています。木々は色づき始め、気温も下がり、
すっかり秋を感じさせるようになりました。夏を続きを楽しむために、わ
れわれ渡り鳥も朝晩は寒いくらいのイギリスを去り、スペインに南下する
時期が来ています。
今回はテーマを設けずに、この2ヶ月ちょっとのイギリス滞在中に思っ
たことを書かせていただこうと思います。海外に住む友人から手紙が届い
た、そんな気持ちで読んでいただけたら幸いです。
トレーラーハウスの窓からは向かいの丘が見えるのですが、今年の夏は
ここからの風景を見る楽しみがまた1つ増えました。それはラベンダー畑
です。8月中旬までにはすっかり刈入れが終わり、今では茶色の地肌をさ
らすのみですが、イギリスにやってきた当初は、新鮮な緑の中の一画に広
がる紫が、とても目にうれしかったものです。
以前にこのマガジンの中でもお話したように、ケントといえばビールの
原料・ホップの産地として有名でしたが、最近は安い輸入ホップに押され
て、ホップ栽培を断念する農家が増えています。ホップに代わってこの地
で栽培されるようになったのがラベンダーです。ビール醸造に使われた技
術と設備がほとんどそのままエッセンシャルオイルの製造に利用できると
いうのがその大きな理由となっています。地球温暖化の影響で、南フラン
スに気候が似てきたからこそ可能になったことですが、それでも降雨量は
南フランスよりはるかに多いでしょう。しかし、土地の水はけがよいので、
それは問題にならないのだそうです。
雨と言えば、今年の雨はちょっと変わっていました。ヨーロッパの雨は
日本の雨と粒子の大きさが異なるので、ヨーロッパではみな傘をささずに
平気で歩くという説があるそうです。朝から一面に灰色の空が広がり、一
日中、霧雨のような細かい雨が空気中に漂うというのが典型的なイギリス
のお天気でした。ところが今年の夏は、青空が広がる中、突然黒い雲が
やって来たかと思うと、土砂降りの雨が降り始めるが、10分もするとぴた
りとやんで、また晴れ間が広がる、といった具合でした。ちょうど熱帯地
方のスコールのような感じです。ときには日本の夏の夕立のように雷を伴
うこともありました。さすがにこの雨には傘をさすのが嫌いなイギリス人
も勝てなかったようです。今年の夏は傘を持ち歩くイギリス人を多く見か
けました。
今年の8月は、8月としては過去50年間で最多の降雨量を記録したそう
ですが、雨の日が多かったというよりは、このような瞬間的な豪雨が多
かったからでしょう。コーンウォール地方のボスカッスルという町で、何
台もの自動車が氾濫した川の濁流に飲み込まれていくのをテレビでご覧に
なった方も少なくないかもしれません。天災にはこれまであまり縁のな
かった穏やかなイギリスの大地ですが、今年は天気もずいぶんと気性が激
しかったようです。
わたしのネット友達で、イギリス滞在中にはビーン村の拙宅にも来てく
ださったことのある葉っぱさんがかつて発行されていたメールマガジン
「葉っぱのイギリスちょこちょこ」の中に、イギリス人のご主人葉亭さん
のコーナーがありました。この中で、葉亭さんが日本文化や風習に対する
素朴な疑問を投げかけられていたのですが、その1つに「日本のドアはな
ぜ外側に開くのか」という疑問があったのを記憶しています。玄関の呼び
鈴を鳴らした後、ぼんやりとそのままつっ立っていようものなら、内側か
ら開けられた玄関ドアにごつんとやられるというわけです。
これを読んで、なぜわたしが玄関で呼び鈴を鳴らした後、一歩後ろに下
がるのか、その理由がわかりました。夫はいつもわたしの背を押して、ド
ア近くに立たせます。わたしはきっと日本女性としての奥ゆかしさから、
一歩下がるのだろうと自分の行動を解釈していたのですが、きっと外側に
開く日本のドアからこういう習慣を身に着けたのでしょう。
2ヶ月以上に渡る今回のイギリス滞在で気がついたのは、トレーラーハ
ウスのドアもみな外側に開くということです。玄関のみならず、寝室のド
アもトイレのドアもみな外側に開きます。これはイギリスではとても珍し
いことです。スペインの我が家もドアはみな内側に開きます。初めてわた
したちのトレーラーハウスに来たお客さんがトイレを使った後、いざドア
を開けて出ようようとするとドア開かないというので、真っ青になるとい
うことがよくありました。これは普段の習慣で内側に取っ手を引いて開け
ようとするためです。わたしも今では外側に開くのに慣れたため、トイレ
に閉じ込められたかと一瞬パニックに陥ることがなくなりました。
イギリスやアメリカの家庭ではよく風呂場やトイレ(通常一緒になって
いることが多いですが)から出た後ドアを開け放しておきますが、これは
空いているということがわかるようにするためと思われます。ところが、
この習慣をトレーラーハウスの中で実行されると、廊下が狭いので開いた
ドアが邪魔でしかたがありません。ドアが内側に開くようになっている普
通の家でこそ可能なことと言えるでしょう。
では、なぜトレーラーハウスのドアはすべて外側に開くのか?それはや
はり場所の節約のためでしょう。内側に開くようにすると、ドアの開き分
だけ場所を空けておかないといけないことになります。すると、その分だ
けスペースが無駄になるわけです。スペースの限られたトレーラーハウス
の中では、ドアの開き分も貴重なので、ドアは外や廊下側に開くようにし
て、内側のスペースを最大限に利用するように設計されています。
そのようなわけで、トイレの前を通るときには、突然開いたドアに襲い
かかられることのないように、中に誰かいるときには十分注意をするよう
にしています。日本のドアはなぜ外側に開くのか?これはトレーラーハウ
スと同じで、貴重な内側のスペースを有効利用するための知恵なのではな
いかとわたしは思うのです。