● イギリスの国民医療制度(3)〜その問題点(2)
イギリスの国民医療制度についての3回目の今回は、その問題点の続きとまとめということになっていますが、まずは前回お約束したように、民間の医療機関と国の医療サービス(NHS)との関係および個人の医療保険についてご紹介していきましょう。
NHSに相対して使われる言葉が「プライベート」です。NHS扱いの患者に対して、プライベートの患者と言うと、これは自腹を切って治療費を支払う人かあるいは個人の医療保険を利用する人を意味します。
日本の国民健康保険が私立病院・公立病院両方で利用できるのに対して、イギリスの国民医療制度は公立病院にしか適用されません。つまり、前々回でご紹介したように、GPから公立病院へという流れの中でのみ医療は無料ですが、私立の医療機関を利用する場合には有料となります。
イギリスにも、NHSトラスト運営の公立病院のほかに、個人や、民間の医療保険によって資金を提供され、運営されている医療機関があります。これらの医療機関で治療を受ける場合には、自分で診察料・入院料などの費用を支払うか、あるいは、医療保険に加入している場合には、保険会社に支払ってもらうかということになります。
わたしの知人のイギリス人の中には、NHSだとあまりにもウェイティグリストが長いので、自分で費用を負担して心臓のバイパス手術をしてもらったという人もいます。また、歯科治療やレーザーによる視力矯正の手術など、NHSの取り扱い範囲外の医療に関しては、医療費の安い海外に足を運ぶ人も増えてきました。とりわけ、ポーランドやハンガリーなど、東ヨーロッパの国々ではイギリス人患者を対象とした歯科医療サービスが最近盛んになっており、最新の医療設備を整えた英語を話す歯科医たちがイギリスで積極的に宣伝活動を行っています。わたしの友人のイギリス人もこうした患者の一人ですが、イギリスで2万ポンド(約400万円)かかる総差し歯の治療がハンガリーでは7千ポンド(約140万円)で受けられるということで、5〜6回にわたる渡航費や宿泊料を考慮しても、ハンガリーで治療を受けたほうがずっと安く済むということです。
今までは病気になればNHSのお世話になるというのが一般のイギリス人の観念であったと思います。が、昨今のNHSの問題点を反映して、もう1つの医療の選択肢として、最近とみに注目されているのが民間の医療保険です。その利点としては、医療保険の大手BUPAのテレビコマーシャルでも謳われているように、待たずに、いつでも希望するときに、自分の希望する清潔で居心地のよい病院で、優秀な専門家の治療を受けられるということが挙げられるでしょう。つまり、待ち時間の長さや病院の選択肢の少なさ、院内感染といったNHSの問題点に応えたのが民間の医療保険というわけです。
これまで医療保険といえば、主に福利厚生の一部として、雇用者が被雇用者とその家族のために加入していることが多かったものですが、最近では個人が加入するケースが増えています。
わたしもロンドンの会社に勤めていた時代に一度だけ民間の医療保険のお世話になったことがあります。やはり会社がわたしと夫の分の保険料を月々支払ってくれていたのですが、わたしが歯の治療を受けていたときに、口腔外科医による複雑な親知らずの抜歯に関しては医療保険が効くというかかりつけの歯科医の勧めで、口腔外科医に照会してもらうことになりました。このときは、会社から歩いて2分のところにある公立病院で診てもらえるという単純な理由から、ある口腔外科医を選択したのですが、実はこの人は病気や怪我によって顔に損傷を受けた人たちの形成手術にかけては世界的な権威で、このテーマになると必ずテレビ局からお声がかかるというくらい有名な外科医でした。きっと、親知らずの抜歯なんて、この人にとっては手術のうちにも入らないつまらないものだったでしょう。
実際にプライベートの患者となった身として言えることは、NHSとプライベートでは天国と地獄ほどの差があるということでした。わたしの抜歯はロンドン市内の私立病院で行われることになりましたが、この病院はアラブ人のお金持ちにもしばしば利用され、病室はホテル並みにすべてバス・トイレ付きの個室で、衛星放送受信のテレビもついています。大部屋で、全身から汗と垢の匂いを漂わせている浮浪者と枕を並べる可能性のある公立病院(これはわたしの友人のご主人の身に起こった実話です)とは大きな違いです。食事のメニューも選択は豊富で、宗教別のメニューのほかに、訪問客用にシャンペンなども含まれています。残念ながら、わたしの場合、病院での唯一の食事である朝食は抜歯後になることから(全身麻酔をするため夕食は抜きでした)、ヨーグルトと紅茶程度で、レストラン並みのメニューを試す機会には恵まれませんでした。ちなみに、一泊の入院費は200ポンド(現在の為替レートで約4万円)ちょっとだったように記憶しています。これに手術代などを加えたすべての請求書にサインをするだけで、費用はいっさい保険会社持ちでした。
NHSとプライベートの差はこれだけではありません。このあと、術後のチェックに公立病院に再びこの口腔外科医を訪れる機会がありました。同じ医者がNHSの患者とプライベートの患者との両方を扱うケースは少なくなく、このような医者が医師の中でも高給取りの中に入ります。実際にこの口腔外科医も自宅を北ロンドンのハムステッドに構えていました。さて、予約は午前9時だったのにもかかわらず、この医者が病院に現れたのが10時過ぎ。もちろん、待合室には患者があふれていました。が、先に来て待っていたNHSの患者をすべて飛び越えて、わたしは真っ先に診察室に呼ばれました。プライベートの威力を思い知らされた瞬間です。
また、これまでNHSと民間の医療機関とは完全に平行して存在していたわけですが、手術の待ち時間短縮のため、最近ではNHSで民間の医療機関を利用する例が増えています。白内障の手術など、入院を伴わない簡単な手術の40パーセントが現在では私立の医院などで行われているそうです。この場合、手術費用はNHS持ちということになり、患者は私立の医療機関の施設と技術を利用して、無料で手術が受けられるということになります。
こうしたプライベート医療の利点が広く認識されるにつれ、またNHSの問題点が頻繁に話題に上るようになるにつれ、これまで一部の恵まれた人たちを除いてはほとんど縁のなかった医療保険というものが、最近では一般の人々の間でも、医療の選択肢の一つとして考慮に含まれるようになってきています。
さて、再びNHSの問題点に移りますが、今度は構造的な問題点を挙げていきましょう。第1回でご説明したように、NHSの制度の中では基本的にまずGPで診断を受けた後、公立総合病院の専門医に照会してもらうという形になっています。このため、セカンドオピニオンを求めるのが難しい構造となっています。実は、わたしも10月に診てもらった医者の意見には100パーセント同意できないのですが、別の専門医に診てもらうためには、再びGPに戻り、同じNHSトラスト運営のもう1つの総合病院の専門医に照会してもらうか(今度は優先扱いをしてもらえないので、診察に少なくとも2ヶ月待ちということになるでしょう)、費用を自己負担して私立の病院で専門医に診てもらうということになると思います。
次の問題点は、イギリスでよく耳にするポストコードロッタリー(postcode lottery)という問題です。教育、住環境など広範囲に用いられる言葉ですが、NHSにもこの問題が存在します。これはどこに住むかによって運命が左右される、つまり地域差を意味しますが、NHSの場合、どのような治療がNHS扱いになるかどうかは、その地域のNHSトラストの判断によることが多く、医療の地域差が顕著に表れています。
その例としては、豊胸手術ならぬ減胸手術とでもいうのでしょうか、バストを小さく手術は、地域によっては整形美容の範疇に入ると判断されてNHSでは扱わず、ある地域では超肥満の場合は命にかかわる治療とみなされてNHSで無料で手術を受けることができます。また、リューマチ治療薬や抗癌剤などの医薬品でも、その地域のNHSトラストの予算の関係(設定されている医薬品代の上限や、その会計年度に割り当てられた治療患者数など)によって、同じ薬でもNHSで処方してもらたり、もらえなかったりすることがあります。特に新薬に関してはその取り扱いの地域差が大きく、新しい癌の特効薬などについては、このポストコードロッタリーという問題がニュースでよく取り上げられます。
第3の構造的な問題点としては、早期発見の点で遅れがちということが言えるでしょう。基本的に、自分で体調の異常に気がついたらGPを訪れるという構造になっているため、症状の出る前に病気を発見するのが難しくなっています。わたしの知っている限りでは、25歳から49歳までの女性に対しては3年ごとに、50歳から64歳までの女性に対しては5年ごとに子宮頚癌検診の細胞診が、また、50歳から65歳の女性に対してマンモグラムが行われるくらいで、そのほかには特に定期的な検診というのはないようです。昨年、車の定期点検になぞらえて、ヘルスMOT(Ministry of Transportの略で、イギリスの車検に当たります)というのが、政府から提案されました。つまり、国民全員が人生のそれぞれの節目で健康診断を受けられるようにするというものです。これが発表されたとき、わたしはとてもいい案だと思ったのですが、ただでさえフル操業中のGPにさらに負担を課すものとして、医者にはもっぱら不評だったようです。医師団体からの強い反対により、この案が実現するかどうかは今のところわかりません。
さて、最後の問題点となりましたが、もっともスキャンダラスな問題になっているヘルス・ツーリスムについて述べておきましょう。大きな話題となっている問題で、日本にお住まいの方でもすでに耳にされたこともあるかもしれません。前述したような、医療費の安い東ヨーロッパに旅行して治療を受けるイギリス人患者を指すこともありますが、それよりはむしろ、外国人がイギリスの国民医療サービスを無料で利用することのほうによく使われ、その費用は年間2億ポンド(約450億円)にも上り、NHSの予算に大きな負担をかけています。前号の冒頭で、NHSを保険と呼ぶには疑問の余地があると述べたのはこの点です。つまり、国民保険料や税金という形で資金拠出のための負担していない人たちが、その恩恵に与れると言う点で、NHSは保険とは呼ぶには疑問が残ります。
昨年秋、公立病院の産科棟を訪れたウィリアム王子の美談の陰に隠れた物語として新聞で紹介されていたのが、この病院の急患受付を訪れるアフリカ人女性たちの話でした。ロンドンの地下鉄駅のすぐ前にあるこの病院には、ヒースロー空港から直接訪れる、予定日間近の身重のアフリカ人女性が引きも切らないそうです。あまりにもお腹が大きすぎて、入国審査官も母国に強制送還することもできないとのこと。病院のほうも人道的な立場から急患受付で入院を拒否することができないのでしょう。こうした出産には、一人当たり平均1,500ポンド(約30万円)かかっているということです。
話はちょっと古くなりますが、エイズ治療にイギリスにやってきたブラジル人男性の話が新聞をにぎわしたことがありました。不正にイギリスの国民医療制度を利用してエイズ治療を受けていたこのブラジル人は母国に送り返されることになったのですが、これに猛反対したのが人権擁護派の人々です。母国に強制送還したときに命に危険が及ぶ場合には送り返せないという移民法を楯にとって、この処分に抵抗したのでした。ブラジルでは満足なエイズ治療が受けられないので、ブラジルに帰ったら彼はほぼ確実に死ぬだろうからというのがその意見のよりどころです。
医者の受付で健康保険証を提出するのは、日本ではごく当たり前の手続きでしょうが、イギリスでNHSを利用できる資格があるという証明を外国人に求めることは、移民や亡命希望者に対する差別として訴えられる恐れがあるということです。それゆえ、医療関係者たちは英国住民かどうか疑わしい例があっても、患者としての登録を拒んだり、証明を求めることができないそうです。あるGPのところに、イラン人家族がやってきて、とても一つ屋根の下には住めないと思われるほどの大勢の親戚縁者を、自分たちの住所を使って登録しようとしました。が、これに疑惑を抱くと、差別で訴えられるというので、やむなく見てみぬふりをしたということでした。こうした例があまりにも増えているため、外国人の多いロンドンでは、新規の患者登録を取りやめるGPが多くなっているということです。
ヘルス・ツーリスムを止めることのできない理由としては、このように(1)人道的な立場、(2)差別の恐れ、(3)調査・訴訟などの手続きに金がかかるといったことがあげられます。が、国民保険料を支払い、税金を収めている英国住民ですら資金不足のため満足な医療サービスを受けられない現在、外国人にまでその恩恵に与らせてやる必要はないのではないかと納税者としては思います。
もっとも、NHSとしてもこの問題をまったく手をこまねいて見ているわけでもありません。2年近く前のニュースになりますが、イギリス住民と偽ってイギリスの公立病院で投薬による治療および心臓の手術を受けたエジプト人の男性が、3万ポンド(約600万円)に上る費用の払い戻しすることに同意したそうです。この影には、NHS Counter Fraud ServiceというNHSの不正利用の訴追を目的とした機関による調査活動があったわけですが、ヘルス・ツーリストが実際にその費用を返済するに至るケースというのは、この例のように、イギリスに住んでいると偽った場合と本人にその費用を支払えるだけの経済的能力がある場合に限られるのではないかとわたしは思います。上記の例のように、差別を恐れてイギリスに住んでいるという証明を求めることすら医者ができない場合や、ヒースロー空港から身重のからだで急患受付に駆け込んでくる貧しいアフリカ人女性たちに対しては、こうした調査・弾劾措置が取られているのかどうかは疑問です。
さて、これまでNHSの仕組みとその問題点についてご紹介してきましたが、最後にわたしのNHSに対する判定を述べさせていただきたいと思います。問題点はいろいろとあっても、貧しい人たちが病気になったり、けがをしたときに、金の心配をまったくしないでと済むというのは、すばらしい制度だとわたしは思います。日本のように貧富の差が小さい国では、一部負担を前提に好きな病院を選べ、あとから払い戻しを受けられるというシステムもよいと思いますが、貧富の差の大きい国では無料で少なくとも最低限の医療は保証されている(もちろん、理想的には高度な医療サービスが望ましいわけですが)というのは非常に重要なことだと思います。
昨年の夏イギリスに滞在していたときに、地元ケント県のラジオ局の番組の中で、アメリカに住みたいかどうかというテーマで視聴者が電話で意見を述べたことがありました。もともとどんな事件が発端でこのようなテーマになったのかは失念しましたが、この中で両国の医療システムは大きな論点となっていました。ある視聴者によると、「年収3万ポンド(約600万円)以上の職業についている場合は、アメリカで暮らすのはすばらしい。が、そうでない場合はアメリカでの生活は非常に惨めである」ということです。
わたしの日本人の友人もアメリカを訪れたときに、現地に住む彼女のアメリカ人の友人が病気になり非常にすばらしい医療サービスを受けて完治したという話を聞いて、アメリカの医療制度にたいへん感心していました。が、実は彼女の友人は教員で、組合で入っている医療保険があってこそ、最新鋭の優秀な医療を受けることができたようです。たぶん、その人も「年収3万ポンド以上の職業についている場合」という範疇に入るのでしょう。こうした職にありつけた場合には、雇用者が加入している医療保険(国民皆保険の方針に基づく日本やイギリスと異なって、アメリカには国民健康保険はありません)のおかげで、高度な医療サービスが受けられるようです。が、職のない人たち、あるいは低収入で会社の福利厚生制度の恩恵に与れないパートタイムの人たちなどは、万が一怪我をしたり、病気になった場合を常に心配していないといけないわけです。そうして、こうした不運に実際に見舞われた場合には、自分の手持ちの金の範囲で受けられる医療しか受けらません。つまり、金が尽きたときには死ぬしかないということになります。
このラジオ番組で、司会者を含めてみな口を揃えて言っていたことは、イギリスの国民医療制度はすばらしい、ヘルス・ツーリストなどこのすばらしい制度を乱用する人がいるからといって、この制度を廃止することはできないということでした。待ち時間の長さ・院内感染・選択肢の少なさなど、問題は山積みですが、それでも、医療が無料で受けられるというのはすばらしいことだと思います。金銭的な余裕のある人たちは医療保険を利用して、最新の医療設備や清潔で豪華な病院のお世話になればいいのです。重要なのは、社会の底辺に住む人たちが金がなくても最低の医療サービスを受けられるということで、それ以上のサービスは選択の余地にまかせることができるということだと思います。