● 英国の養育費徴収サービス〜Child Support Agency
前回発行から4ヶ月が過ぎようとしていますが、みなさまお変わりないでしょうか。わたしの近況は後でお知らせすることにして、早速今回のテーマであるChild Support Agency(以下略してCSA、児童援助庁などと訳されているようです)についてご紹介していきましょう。
実はこのテーマは前回帰国した2005年からずっと温めていたものです。養育費の請求をされないように別れた妻から居所を知られないように暮らしている知人の話を日本の友人にしたところ、「それって日本にはないし、おもしろいからぜひ書いてみて」と言われて早くも3年が経ってしまいました(もっとも、その当の友人はこのメルマガをとってはいないと思います)。というわけで、この友人の「日本にはない」という言葉を信じて、イギリス独特の(ほかの国にもあることは後に触れます)社会福祉サービスとしてご紹介していきたいと思います。
CSAは1993年に保守党政権下で誕生し、子供の養育費を計算し、子供と別に暮らしているほうの親(一般的には父親)から子供と同居している親(母親)のためにそれを取り立てることを設立の目的としています。実際の活動としては、2人の親の間に立ち、適切な養育費の金額とその支払い方法を設定して、定期的に支払いがなされるように手配することが中心となっています。また、状況に変化があった場合には養育費を再計算し、もし養育費の不払いがあった場合には、それを取立て、未納者に対してしかるべき措置を取るというのも、その仕事の一部です。
また、その目的を達する過程で、子供と一緒に暮らしていない親の所在が知れない場合はその親の所在を探り出したり、父親として名前をあげられた男性がその子供の父親であることを認めない場合にはDNAテストを行うなどして、養育費の責任の所在を明らかにするための活動を行うこともあります。
別居・離婚した親がすべてCSAの仲介を得ないといけないわけではありません。個人的に両者間で協議の上養育費を決定することもできます。したがって、子供と一緒に住んでその面倒をみている親から特に養育費支給の申請があった場合にはじめて、CSAは介入します。しかし、子供を引き取ったほうの親が生活保護を受けたり、失業手当を受給している場合には、CSAの介入がその社会福祉手当受給のための必須条件となっているため、該当する社会福祉手当の管轄局から自動的にデータがCSAにまわされ、養育費支給の申請がなされたことになります。
後者の場合には、徴収した養育費のうち最高週10ポンドまでが子供を引き取っている親に直接支払われ、それを超える部分は、その親に支払われている手当の埋め合わせとして雇用年金省に支払われます。
CSAが発足する以前、養育費は法廷を通して決められていましたが、その計算方法は独断的でかつ不公平であると広く不評を買っており、また、担当する治安判事裁判所には不在の親の居所を探り出す権限もなかったため、CSAはこの制度に代わるものとして、設立案発表当初は歓迎されました。加えて、社会福祉手当を受給している親に対して支払われた養育費で、 その手当支給コストを回収することができることから、社会福祉費の削減にもなると考えられていたのです。
しかし、CSAが発足する前からすでに批判の声はあがっていました。複雑な事情を持つ未婚の母に子供の父親の名前を強要するのか、生まれたての赤子にDNAテストを受けさせるのか、プライバシーと基本的人権を侵害するこの制度は、ジョージ・オーウェルが『1984年』で予告した世界そのものだ、などなど。
発足後も、間違った人に養育費の請求が行ったり、片親世帯に養育費が渡っていないなどといった苦情は引きも切らず、また、法外に高い養育費を請求された父親が支払いを苦に自殺をするといった事件が報道されたりもしました。また、統計上の見栄えをよくするために、父親の所在がわかっていて、取立てが容易な場合には高い養育費を徴収し、父親を探し出さないといけないような難しいケースは後回しになっているという非難もありました。
2007年12月現在で135,200万件が未処理で、30万件以上が養育費未払いとなってなっていますが、30億ポンド(約6,320億円)が回収不可能と言われています。
現在CSAには、給料から養育費を天引き徴収したり、未納者の財産を凍結したり、差し押さえ転売したり、強制的に家を売らせたり、運転免許証を没収したりといった権限が与えられていますが、それらの権限を十分に行使していないため、約60%にも上る養育費が回収不可能となっているという批判もあります。
最初にイギリス独特と書きましたが、実はオーストラリアにもCSAは存在し、当事者の親同士が自発的に養育費について解決することを奨励するものの、未納者のリストを警察や入国管理局に渡して、空港で未納者を止めたりといったより広範囲な権限が与えられているようです。
また経済的にも、オーストラリアでは1豪ドル(約100円)の養育費を徴収するのにかかる費用は12セント(約12円)で、1ポンド(約210円)の徴収に対して54ペンス(約113円)かかるイギリスのCSAよりずっと効率がよいようです。
オーストラリアのCSAは、法廷によって執行される養育費の制度が、両親が別居した子供たちにとってうまく機能していないという反省から1989年に設立されたということです。その経緯を反映して、実に90パーセント以上の別居する両親がCSAに登録するという統計結果がでています。そのうち80パーセントの利用者がサービスに満足しているそうです。
上述したとおり、イギリスがCSAを設立した理由の1つも同様のものでしたが、イギリスの場合、社会福祉手当支給の条件としてCSAにまわされるケースが多いのが、CSAの経済効率と回収率を悪くしている原因なのではないかという気がします(残念ながら、CSAの扱うケースのうち、どのくらいの割合で社会福祉手当を受給している親がかかわっているのか具体的な数字はわかりませんでしたが)。
前述のとおり、手当を受給している親はCSAの介入を受けなければならないわけですが、養育費を申請することによって、本人あるいはその子供に危害が加えられる危険性がある場合には、その理由を申し立てることによって、子供と同居していない親にCSAが連絡を取ることを免除してもらうことができます(たぶん、女性やその子供の居所が子供の父親に知れた場合、父親が子供やその母親に暴力をふるう可能性を考慮しているのでしょう)。十分な理由なくしてCSAの介入を拒む場合には、支給される福祉手当を減額されることがあります。もちろん、最高週10ポンドまでの養育費の支払いは受けられません。イギリス人の間で電子メールで回されていたジョークの中に、CSAの介入は受けたくないものの、手当減額を避けたいシングルマザーたちの口実というのがありました。その中で傑作だったのが「父親は誰かと聞くのは、缶詰の中のどのベークドビーンの粒が原因でおならが出たのかと聞くのと同じである」(こんなたとえかたをされた子供がかわいそうですが)というものでした。実際にあった回答だったそうですが、社会福祉手当受給中の母親たちがいかにCSAに非協力であるか伺われる例です。
イギリスのCSAがぶち当たっている障害はオーストラリアの同庁よりずっと高いのではないかと思われるため、一概に比較はできないように思います。しかしながら、新しいコンピュータシステムの導入が不成功に終わって、多額の損失と仕事の遅れを出したことが致命的な打撃となり、前から批判を浴びていたCSAはついに廃止されることが2006年に発表されました。2008年には代わってChild Maintenance and Enforcement Commissionが設立されます。
この新しい機関は、(1)養育費の算定過程を単純化する、(2)当事者同士の間で独自の協定ができるように情報提供や指導に尽力するなどのほかに、(3)社会福祉手当を受給中の親は養育費を申請しないといけないという受給条件を取り去り、選択ができるようにする、(4)受給中の福祉手当の金額とは関係なく受け取れる養育費の額を大幅に増やす、(5)未納者に対する措置を厳しくし、徴収率を改善するといったことが現在提案されています。これまでの批判を反映された内容になっていますが、果たしてこの代替案はうまく機能するでしょうか。今後に注目したいと思います。