
**イギリスつまみ食い**
| 第72回の目次 |
| ● イギリスの食事を表す言葉と食事時間 |
| ● 今年の冬 |
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● イギリスの食事を表す言葉と食事時間
このテーマについてはこのメルマガ発行開始前に、サイトのほうですでに扱っていますが、今回は再び調査しなおし、新しく手に入った情報などを含めながら、食事時間とその変遷に焦点をあてて、再び考察してみたいと思います。 イギリスで食事を表す言葉の使い方は、非常に複雑です。「もうディナーは済んだ?」なんて質問を午後2時頃にされると、いったいなんと答えたらいいのかわかりません。わたしにとって、ディナーとは夕食のことだからです。また、「ティータイムにお宅に伺うからね。」なんて言われると、「いったい何時に来るつもりなんだろう?」と思わずにはいられません。 イギリスで食事を表す言葉とその示す時間の多様性は、食事時間が階級や職業により異なり、また人々の生活の変化と共に、食事時間、特に一日のうちのメインの食事の時間が変わってきたことに由来します。日本で食事を表す言葉といえば、朝食・昼食・夕食と、文字通り時間によって定義づけられ、あまり議論の余地はないのとはたいへん対照的です。 まず最初に、イギリスで食事を表す言葉としては、現在次の3つがもっとも一般的と思われます。
まず、朝食はブレックファーストで誰にも異議のないところだと思いますが、その次の食事については議論の分かれるところです。現代では上記のようにランチが普通だと思われますが、たとえば、ボリュームたっぷりの学校給食(school dinner)や日曜日の昼間に食される、ロースト肉を主とした伝統的なSunday dinnerのように、昼間の食事にディナーという言葉が使われることもあります。そもそも、ディナーとは一日のうちで主になる食事を指すからです。逆にランチといえば、昼時の食事を指し、それ以外の時間の食事には使われません。 ところが、ディナーのほうになると、前述のように昼食を指すこともあり、伝統的には昼間の食事を指しました。昔は一日のうちのメインの食事を昼に取るのが普通だったためです。寄宿学校や病院などでは、現在でも昼にボリュームのある食事が出、夕食は軽いものになります。また、仕事がなく、夜は早く休む年配の人たちも、昼食をメインにし、夕食は早めに軽く取る傾向があるようです。こうした場合、昼食はディナーと呼ばれ、その後、午後5時から6時半ごろまでに取られる食事はティーと呼ばれます。 今回調査にあたって出会った非常に興味深い例としては、ある掲示板で「小さい頃は、昼食をディナー、夕食をティーと呼んでいたが、現在では昼食をランチ、夕食をディナーと呼ぶ」と書いていたイギリス人がいたことです。これは、前述したように階級や職業により、食事時間(特にメインの食事を取る時間)が異なることを反映しているものと思われます。 "Histroy Magazine"サイトの"What Time is Dinner?"**という記事の中では、階級・職業別に食事時間の変遷が述べられています。以下にその内容をかいつまんで、ご紹介しましょう。 伝統的には、昼食が1日のうちで主になる食事でした。というのは、照明の問題によるということです。昔は油のランプやろうそくが希少で高価であり、またその灯りも十分ではなかったため、仕事や食事は日の入りまでに済ませ、太陽が沈むと床に就くというのが普通でした。そこで、その日最後の食事(夕食)はかなりあわただしく済ませることが多く、手の込んだ調理を伴わない簡単な食事になることが多かったため、1日の中心となる食事は、自然と昼食になったようです。こうした理由から、伝統的には、1日のメインの食事を意味するディナーは昼食を指すことになります。また、食後すぐに床に就くため、消化という点からも、夕食は軽いものになっていました。ところが例外はあり、それはろうそくに金を惜しまなかった王侯貴族たちでした。こうした裕福な人々は夜が明けるまでパーティーをし、ご馳走を楽しみました。 資本主義・植民地主義・産業革命の進展とともに、人々は金銭的に豊かになり、都市部での生活は物質的に豊富になって、ランプやろうそくが容易に手に入るようになります。1700年頃には、多数のろうそくやランプを照明として使い、かつては昼間の上演が普通だった演劇やオペラなどが夜に催されるようになりました。そのため、就寝時間は遅くなり、起床も遅くなったため、食事時間も遅くなります。この頃もやはり1日の真ん中の食事がメインとなっていましたが、1730〜40年には、ロンドンで暮らす上流階級の人々のディナーは午後3〜4時ごろになり、さらに1770年までには、午後4〜5時になったそうです。18世紀末になると、上流階級では、朝食は午前10時か正午、午後5〜6時にディナー、夕食(この場合はsupperと呼ばれます)は午後9時から午前2時の間にとられたそうです。サパーという言葉が今でもお上品な上流階級のイメージを与えるのは、このような歴史的背景によるものではないでしょうか。 1800年頃になると、上流階級のメインの食事(ディナー)はさらに遅くなって、午後6〜7時になります。上流階級でも子供やその母親は早起きだったそうですが、朝食後、ディナーまでの長い時間を待てなくなった女性たちが、luncheonまたはlunchと呼ばれる食事を取るようになったものの、これはサンドイッチやケーキなどごく軽いもので、たいへん女性的な習慣とみなされていたそうです。 工場ができ、電車や路面電車が開通すると、人々は次第に郊外に住み始めます。つまり職場と住まいの距離が隔たり、昼食に家に帰れないようになると、1日のメインの食事は昼食から夕食に移り、中産階級および労働者階級のほとんどの人たちは、弁当を職場に持っていき、昼食は軽く済ませ、仕事から帰った後、自宅でしっかりとした食事を取るようになりました。中産階級・労働者階級でもディナーは遅い時間に移ったわけですが、それは仕事上の理由によるためであり、社交・遊興上の理由による上流階級とは異なります。したがって、中産・労働者階級では、仕事のない日曜日には、これまでどおり昼間にディナーを取る習慣が残り、それが日曜日の昼間にご馳走を食べる、現在のサンデーディナーの伝統に引き継がれているということです。 こうした傾向はロンドンおよびその近郊で最初に見られ、この習慣が地方にまで伝達するのには長い時間がかかったため、ディナーの時間の違いはロンドンと地方では当時かなり大きなものになっていたそうです。 19世紀に入り、ガスや油による照明が普及すると、夜更かしの傾向はさらに強まり、1840年頃までには、ディナーは裕福な人たちの間では午後8〜9時頃になってきました。こうなると昼食(ランチ)と夕食(ディナー)の間隔は8時間にもおよび、ここでも再び女性たちが新しい食事時間を生み出すことになります。午後4〜5時頃に紅茶と共に軽食を取る習慣が始まりました。18世紀初頭から、訪問客に紅茶と一緒にケーキやビスケットを出す習慣はあったそうですが、1840年頃から、訪問客の有無かかわらず、アフタヌーンティーは1日のうちの食事として定着するようになったということです。アフタヌーンティーには、ジャムとクリームを添えたスコーンやケーキ、きゅうりのサンドイッチが紅茶と一緒に出されました。 やがて、このアフタヌーンティーが労働者階級の一部および農家に取り入れられ、ハイティーとなります。ハイティーは午後5時から7時の間に取られ、肉や魚・卵などの食事に加え、スコーンやケーキなどの甘いものが出されました。つまり夕食とアフタヌーンティーを一緒にしたようなものです。そのようなわけで、もともとは、かなりボリュームのある食事だったようですが、現在「ティー」と省略されて呼ばれる場合には、調理を伴わない食事(ハムなどの冷たい肉やディナーの残りの冷めた肉など)や簡単な調理しか伴わない食事が多いようです。 アフタヌーンティーもハイティーも、ほとんどの人が働きに出ている現代の生活にはそぐわない習慣となっています。アフタヌーンティーは現代では観光客を相手にしたティールームくらいでしか見られません。ハイティーもまた、もともとは、職住が近接した労働者階級の一部や農家で見られた習慣なのではないかと思われます。ハイティーは、現在はティーとして食事内容もボリュームも簡素化し、前述のとおり、現代社会の一部にしか残っていません。 こうした歴史的背景を反映して、現代では仕事の後、家に帰って食べる夕食が1日のメインの食事となることが多く、それゆえディナーは夕食を指すことが多くなりました。それに対応して、昼食はランチという名前が一般化してきたわけです。 さて、このほかに食事を表す言葉としては、すでにできたサパーが挙げられます。前述の通り、夜の食事にしか使われませんが、ティーより遅い時間に食べる夕食をサパーと呼ぶ場合と、夕食の後、就寝前に取る軽食を指す場合とがあります。後者の場合には、ビスケットや温かい牛乳・ココアなどの睡眠を促すと言われる飲み物が一般的です。日本語にすると、夜食に近いかもしれません。また、観劇の後、芝居帰りの人たちが取る遅い夕食にも、通常サパーという言葉が使われます。 また、elevensesは午前中の間食のこと。文字どおり、11時に紅茶と一緒にビスケットなどのスナックをいただきます。同じ間食でも、日本のお八つがもともと午後の間食の指すのと対照的ですね。 このほかに、brunchという言葉も最近聞かれるようになってきました。週末の昼食を兼ねた遅い朝食を指します。が、もちろん上記の通り、サンデーディナーが週末の昼食としては伝統的です。 それぞれの食事の代表的なメニューについては、すでにサイト***のほうでご紹介していますので、ここでは割愛させていただきますが、今回のテーマである食事時間との関連で、1つだけ言及したいのがfull English breakfastです。現代のイギリスでもっとも一般的な朝食はシリアルやトーストでしょうが、やはりイギリスが世界に誇るのは、ボリュームたっぷりのフル・イングリッシュ・ブレックファースト。残念ながら、現代の一般家庭では、調理した朝食を取るような時間的な余裕は週末以外ありません。が、トラック運転手たちに人気の朝食は依然としてフル・イングリッシュ・ブレックファーストであり、transport cafeあるいはgreasy spoonという愛称で呼ばれる幹線道路沿いのカフェ(軽食堂)では、これが平日の朝の人気メニューです。また、all day breakfastを売り物にするパブも多く、朝だけでなく、1日を通してボリューム満点のフル・イングリッシュ・ブレックファーストを楽しむことができます。 最後に、これは個人的な経験からの警告ですが、湖水地方にお出かけの方々は、夕食は早めに取るようにしましょう。この辺りはハイキング客が中心で夜が早く、午後8時過ぎにパブに入ったら、すでに食事を出す時間は終わったということで、カウンターで売っていた袋入りのポテトチップとピーナッツで夕食を済ませた悲しい経験があります。 出所: |