● イギリスの「お葬式」!
結論から先に言ってしまうと、イギリスでの葬式は、結婚式と同じで、簡素に済ませることもできれば、さまざまな演出を凝らした大規模なものにすることもできるということです。また、宗教により様式も異なります。違いは、結婚式とは異なり、主役が出席しないということでしょう。そしてまた、たいていの場合(よほど準備のいい人でない限り)、主役が企画に携わることがありません。
この記事のきっかけとなったのが、2月の義父の葬儀でしたが、これは「簡素」という標語のもとに、企画・執行されたものでした。初めから終わりまでわずか20分ほどのあっさりとした式でしたが、知人いわく、彼女の参列したイギリスの葬式は演出に凝ったもので、1時間以上かかったそうです。というわけで、わたしの体験はイギリスのお葬式を代表するものではありませんが、ご参考までに、まず最初にご紹介したいと思います。
葬儀は公営の火葬場に付属した礼拝堂で行われました。予め選んでおいた音楽とともに、棺が運ばれます。誰が棺をかつぐのか、身長が揃わないとまずいのではないかと義妹は最初心配していましたが、葬儀社が棺をかつぐ人を手配してくれるので、そうした心配は必要ありません。もちろん、希望すれば、遺族が棺をかつぐこともできます。
棺が礼拝堂奥の台の上に安置された後、牧師さんが登場し、司会者を務めました。義妹と義弟が詩を朗読し(この詩は、「葬式用の詩」をキーワードにしてグーグルで検索し、いくつかの候補の中から兄弟で決定したものです)、その後、牧師さんにバトタタッチしましたが、希望者があれば、ここでさらに、知人・遺族・友人などのスピーチや送る言葉が入ります。1週間ほど前に葬儀手配担当の夫のもとに牧師さんから電話があり、「故人をなんと呼べばいいか」から始まって(これが実はやっかいでした。なにしろ、実名と通称とが異なっていたもので。)故人の人柄、参列者との間柄などを聞かれましたが、そのときの「取材」に基づいて、牧師さんは故人を簡単に紹介するスピーチを作ったようです。葬儀社が手配してくれた牧師さんで、葬儀の前には会ったこともなかった人ですが、やはり経験なのでしょう。とても温かい心のこもった紹介でした。続いて、牧師さんが死をテーマにした詩を朗読します。これも、変に湿っぽくなく、「自分を偲ぶのはよいが、自分を逝かせてほしい」という表現が繰り返し使われており、死は旅立ちであるということを思い知らされるものでした。
その後、予め選んでおいたもう1曲の歌が流れ、棺を置いた台の蓋が開いて、棺が下がっていき、姿を消します。牧師さんが「最後まで音楽を聞きますか?」と尋ねられましたが、お断りして、すぐにお開きにすることにしました。礼拝堂の出口に立つ牧師さんに一人ひとりお礼を言いながら、屋外に出ます。式は、好評でした。
火葬場の外の一角に献花を集めた場所があります。故人の名前が書かれた札の周りにそれぞれへの献花が置かれてありました。献花に添えられたカードは、葬儀社の人が遺族代表にまとめて持ってきてくれます。こうしたカードを読むのも、故人がいかに愛されていたかが感じられて、遺族にはうれしいものです。ちなみに、灰は共同霊園に撒いてもらうことにしてありました。
葬式の後は、しばしば、故人の家やパブに行き、軽食をつまんだり、飲み物を飲みながら、参列者の間で旧交をあたためることがあります。わたしたちも、予約しておいたホテルの小宴会場に行き、コーヒー・紅茶にサンドイッチで、話に花を咲かせました。親戚が一堂に会する機会というのはなかなかないもので、悲しい機会であるものの、葬式は、久々の再会を楽しむ貴重な機会をも提供してくれます。
今回のお葬式で驚いたのは、亡くなってから葬儀まで4週間という待ち時間の長さもさることながら、とうとう一度も故人を見なかったことです。待ち時間が長いことから、心にゆとりができた頃、故人にゆっくりとお別れをすることができるのではないかと前回書きましたが、直接お別れを言う機会はついになかったわけです。司法解剖後、札の付け間違いから、他人の遺体を火葬にしたというような話をテレビドラマで見たことがありますが、そんなことがあっても、遺族が気づかないということも十分ありえるものだと実感しました。
もっとも、地域の習慣や宗教によっては、葬式の前に遺体を訪問客の目にさらすころもあります。アイルランドやイングランド北部などでは、"wake"と呼ばれる日本の通夜に近い習慣があるようです。伝統的には、葬式の前夜に故人の家で、最近では遺体安置所・葬儀場で行われることもありますが、棺に収められた遺体を訪問客が見ることができ、別れを告げます。棺を囲んで、飲み食いすることもあるようです。遺体は翌日、この場所から葬儀に運ばれるため、上記のような遺体の取り違いはまずないでしょう。
さて、イギリスで葬式に関して唯一法で定められていることは、死亡が証明され、届け出られた後、死体は埋葬あるいは火葬されないといけないということです。外国の葬式というと、埋葬と思われる方が多いようですが、現在、イギリスの葬式の70%あるいは80%は火葬だそうです。理由はコストで、埋葬は高くつくため、次第に火葬が選ばれることのほうが多くなりつつあります。かつては、自分が洗礼を受けた村の教会の墓地に埋葬されることが多かったのでしょうが、時代は変わったものです。
特に、カトリックでは、かつては埋葬を原則としており、火葬は、神の創造物である人間の体に対する冒涜であり、カトリックの教義の要である復活を否定することになるため、禁止されていたそうですが、現在では、認められています。バチカンでも火葬の禁は解いているものの、現在でも遺灰を撒くことは禁止しているそうです。
コストの話が出ましたが、イギリスの葬式の費用の平均は、2,857ポンド(約37万7千円)だそうです(サンライフ・ダイレクト調べ)。これは、医者による死亡証明代・葬儀社に払う葬儀代・火葬あるいは埋葬費用などのごく基本的な費用を算出したものですが、上記の「簡素」を合言葉にした義父の葬儀の代金は、2,800ポンド弱と、実にこの平均に近いものになりました。埋葬は火葬よりさらに800ポンドほど高くつくとのことです。
ちなみに、この最低限必要な費用に、希望で、追加の花や豪華霊柩車(ガラス張りの馬車なんていうのもありました)や高価な棺おけなどの費用を加えた、葬儀の平均総額は、2010年で、6,801ポンド(約89万6千円)にまで上ったそうです。つまり、基礎費用のみの場合の2.4倍になります。前に述べたように、葬式は演出をこらして豪華にしようと思えば、いくらでも豪勢にできるということが、この数字に表れているといえるでしょう。もっとも、2010年のこの数字は、前年と比較して4.2%減ということで、必要最低限の費用が4.5%増加しているのと対照的です。不景気を反映して、贅沢部分の出費は控える傾向が表れています。
近年、葬式に関しても非常に関心が集まっているのは、環境保全の面。今回、政府のサイトを参考にしましたが、そこでもわざわざ環境保全を考慮した葬式のページを設けているのに、そうしたトレンドが反映されています。より環境にやさしい火葬や埋葬にするためには、生分解性の素材を使うこと、そうでない素材でできたものを同時埋葬・火葬しないことといった注意点が掲載されていますが、最近特に注目されているのが、自然葬・
森林葬です。この様式の特徴は墓地に葬らず、野原や森林など自然の中に埋葬することですが、化学処理されていない木材でできた棺や生分解性の素材できた棺を使用するといった通常の土葬における配慮に加え、遺体に防腐処理を施さないこと、棺を用いず、綿や羊毛などの天然素材の布で遺体を包んで埋葬するといった自然葬独特の提案がされています。墓地ではなく、自然の中に自然の一部として埋葬するということで、名前を刻んだ墓石を用いず、代わりに小さな石や木の墓標を地面に置いて埋葬場所を印したり、その近くに木を植えて記念としたりします。
また、最近の傾向として、献花の代わりにチャリティー団体への寄付を希望する人が増えています。故人への哀悼および遺族への同情を象徴するのに一番よく使われる手段は洋の東西を問わず献花でしょうが、特にイギリスには香典のような現金を遺族に渡す習慣がないだけに、献花がもっとも代表的なものと言えるでしょう。日本式の花輪はありませんが、花束やリースのほか、ハート型やクッション・椅子・テディーベアなどさまざまな形にアレンジしたり、DAD、MUM、DAUGHTERなど、故人との関係を文字通り綴った花の飾りなどがよく見られます(これは、まるでギャングの葬式のようで、悪趣味なので、絶対にやめるべきだと強い反対が夫の兄弟から即座にあって、わたしたちの間では考慮にも及びませんでしたが、上述の火葬場の献花コーナーには、こうした花飾りも二三ありました)。
献花は今でも人気があるものの、長持ちせず、一時的な飾りに終わってしまうということからでしょう(献花を寄付することもできるようですが)、最近は献花を断り、その代わりに指定したチャリティー団体に寄付を希望する人が増えています。予め故人がこうした指示を生前にしておく場合もありますが、遺族が故人の意志を推し量ってこのような選択をする場合もあります。キャンサーリサーチUKは、特に癌で亡くなった方たちの寄付先として指定されることの多いチャリティー団体ですが、故人を記念するページをインターネット上で設け、友人・知人が哀悼の言葉を書き込んだり、故人の名前の下にインターネットで寄付をできるように取り計らっています。
死というのは、自分のものであれ、他人のものであれ、考えてもみたくないという人が多いものです。それゆえ、予め自分の葬式の企画をしておこうという人は多くはありませんが、自分が逝った後、残った人たちに経済的な負担をかけたくないという心配りから、最近は葬式用の積立てをする人も増えてきたようです(少なくとも、宣伝はよく見ます)。わたしの知人の母親もそのような奇特な人の一人で、予め娘に証書を含めた関連書類を渡しておいたにもかかわらず、娘のほうは、「縁起でもない」というので、注意を払わずにいたため、いざ母親が亡くなったときには、書類が見つからず、結局葬式代全額を払うことになってしまったそうです。これでは、せっかくの故人の心遣いも無駄というものでしょう。
このように葬式というのは一種のタブーでもありますが、それにもかかわらず、しばしば人々の口に上るのが、「自分の葬式で演奏してもらいたい歌」です。きっと、この話題は、暗い葬式の軽い面に触れているからなのでしょう。わたしの入棺時の歌は、絶対にエルビス・プレスリーの『ワンダー・オブ・ユー』。アーセナルの試合開始直前にエミレーツ・スタジアムで流れるお決まりの曲ですが、このメロディーとともに入場、バッキングコーラス部分の「ウォーウォーウォーウォーウォー」を参列者全員に合唱していただき、葬式キックオフと行きたいものです。