
**イギリスつまみ食い**
第8回

| 第8回の目次 |
| ● イギリスの正月 |
| ● 新年の抱負 |
| ● スリッパ論争 |
| ● 一言イギリス英語講座 - "sod's law" |
| ● 今年もよろしく |
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● イギリスの正月
明けましておめでとうございます。みなさん、クリスマスはいかがお過ごしでしたか?わたしのほうは、来客が多く、忙しいクリスマスをすごしました。天気予報は珍しく大当たり。クリスマス当日はたいへん穏やかな天気となりました。 さて、イギリスのお正月ですが、これはまだクリスマスの期間中(1月6日まで)にあたり、気のぬけたシャンペンのようなものです。日本のように、特別な祝いかたをしません。1月1日午前0時に新年の訪れを大騒ぎをして祝うものの、一夜明ければ、元旦もごくごく普通の日です。大晦日 (New Year's Eve) には多くの人がトラファルガー広場にくりだします。(昨年は、特にエンターテイメントがなかったにもかかわらず、9万人の人出があったそうです。)また、友人や親戚を呼んでパーティーをしたり、地元のパブに近所の人たちと集まったりして、新年の訪れを祝います。除夜の鐘ならぬビッグベン(国会議事堂の時計塔)の0時の鐘がなると、あちこちで花火があがります。(これはガイ・フォークスの花火大会とは異なり、個人であげます。) スコットランドでは、大晦日 (New Year's Eve) および大晦日のお祝いは "Hogmanay" と呼ばれ、むしろクリスマスよりもこちらのほうを盛大に祝います。 "Hogmanay" とは、大晦日に子どもたちがもらうオーツ麦でできた一種のケーキに由来すると言われています。(別の説では、ノルマン人の使ったフランス語で、「1年の最後の日、新年の贈り物」を意味する言葉がその起原ということですが、どちらも源は同じではないかという気がします。)エジンバラを中心に、スコットランドではコンサートや芝居などたくさんの催しが行われます。昨年は、20万人がエジンバラにくりだしたということです。 これに対して、イングランドでは、元旦 (New Year's Day) は近年まで休日ですらなかったそうです。しかし、お祭りが定着するのに時間はかかりません。イングランドでも大晦日を祝う習慣は急速に広がり、1月1日は二日酔いや寝不足で病欠をとる人が増えたため、(イギリスでは、多くの会社で有給休暇とは別に無制限の病欠が正社員には認められています)仕事にならないということで、休日になったそうです。日本も、このノリで、12月25日を国民の休日にしてしまったらどうでしょう? |
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● 新年の抱負
新年になると、いきなり旅行関係のコマーシャルが増えます。クリスマスという一年の一大行事が済んで、次の楽しみであるその年の休暇 (holiday 特に旅行や自宅以外ですごす休日を意味します。)に人々の関心は移ります。実際、夏のシーズンに旅行をする場合には、このくらいの時期から予約をしないと希望がかなわない場合もあります。そして、スポーツクラブの入会者が急増し、「ステップ・バイ・ステップ アートコース」だの「あなたにもできるインテリアデザイン」だのといった月刊冊子の第一号が発行されるのもこの時期です。 そして、この時期によく聞かれるのが、"What is your New Year's resolution?" という質問です。"a New Year's resolution" とは、新年の抱負とか、誓いとかいったところでしょうか。わたしはこの2年ほど、「英語を上達させる。」ですごしました。イギリス人はみな礼儀正しいですから、必ず「そんな必要ないですよ。」と言ってくれます。こちらもそれを期待して言うのですが。まあいいじゃないですか、年に一度くらい、いい気分にさせていただいても。でも、さすがに在英9年目の今年になっても、これで行くわけにはいきませんから、今年は、「痩せる」にしようか「スペイン語を身につけるにしようか、どちらにしようかと考えているところです。みなさんの "New Year's resolution" は何でしょう? |
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● スリッパ論争
在英日本人を対象に発行されている「英国ニューズダイジェスト」という週刊紙がありますが、昨年末に、この読者欄で、ちょっとした「スリッパ論争」がありました。 ことの発端は、この新聞の中の「”超”上流階級の心得」というコーナーで筆者がスリッパを客に勧める日本人の習慣について書いたことにあります。あるイギリス婦人が、日本の家庭ではよくスリッパを来客にすすめるが、前に誰がはいたものともわからないスリッパをはく気にはなれない、と言った。郷に入れば郷に従えで、自分の国の習慣を他の国の人に押し付けるのはエゴではないか。このような主旨のことを筆者(日本人女性)が書いたことから、日本人男性から反論がありました。自分の家の中で、自国の習慣を踏襲するのは当然。なんでも西洋の習慣のほうが優れているというような風潮があるが、最近では西洋でも東洋の習慣が見直されている。日本の習慣をイギリスで実行してどこが悪いか、というような意見でした。 さらにその翌週には、二人の女性から、ほぼこの男性に同意するような内容の意見が載りました。一人は、イギリスに関する著書もある、高尾慶子さんで、イギリスでも靴を脱ぐ家庭が増えてきているということを指摘し、靴を脱ぐ習慣のないイギリス人にもお願いすれば、気持ちよく靴を脱いでくれる、ということでした。 わたしは、上流階級の方とは、おつきあいがないのでわかりませんが、わたしが観察するところによると、中産階級では確かに家の中では靴をはかない家庭が増えてきています。(高尾さんは、上流階級では、カーペットなどいいものを使い大事にするので、家の中では靴を脱いでいると書いていました。しかし、大邸宅で執事が玄関に現れて、「当家では、土足禁止になっておりますので、誠に恐れ入りますが、靴を脱いでいただけますでしょうか・・・。」と、イブニングドレスとディナージャケットといういでたちでディナーに招かれてやって来たお客様にお願いしている姿というのは、わたしにはちょっと想像ができないのですが。)これに対して、労働者階級の家庭は、高尾さんのおっしゃる通り、家の中もそれほどきれいではなく、靴をはいたままですごす家が多いと思います。 イギリスでも家の中で靴を脱ぐ家庭が増えてきているということですが、これは、日本とは違って文化的背景によるものではありません。日本人が家の中で靴を脱ぐのは、内と外を区別するという文化に基づくものです。(日本人にとって、内と外が特別な意味を持つのは、家内、うちの会社、などといった言葉に表れる通りです。)ところが、イギリス人が家の中で靴を脱ぐのは、あくまでも、じゅうたんを汚したくないからにすぎません。それゆえ、この傾向は中産階級にとどまってり、労働者階級にまで及んでいないのだと思います。つまり中産階級の典型的な価値観は、高くてもよいものは長持ちするということで、買い物をするときには、奮発して高いものを買い、たいへん大切に使います。ところが、労働者階級の価値観は、とにかく当座の用が足りれば安いものでよい、だめになったらまた新しいものを安く買うだけだ、というものです。そこで、中産階級には、家の中で靴を脱ぐ家庭が多いわけです。(ただし、犬を買っている家庭は、階級に関係なく、家の中でも靴を履いてすごすところが多いように思います。イギリスでは、日本のように犬小屋といったものがなく、飼い主と一緒に家の中ですごします。) わが家では、原則として靴を脱いでいますが、お客様にお願いすることはしません。お客様のほうから、「靴を脱ぎましょうか?」と言って下されば、「そうして下さい。」とお願いします。また、日本のスリッパを出すこともしません。単に、日本から持ってこなかったし、わざわざ買ってくる気もないからという理由によるものですが、先のイギリス人の女性の、誰がはいたかわからないスリッパに自分の足を入れるのは気持ちが悪い、という気持ちもわからないわけではないからです。 では、どうやって訪問した先の家が土足禁止かそうでないかを見分けるか?これは、玄関先に表れたその家の主の足元を見ればわかります。もし、その人が靴をはいていれば、靴をはいたまま上がってかまいません。しかし、もしその人が靴下か、上履き (slippers 日本のスリッパとは違って、布やモカシンなどの柔らかい素材でできた、かかとまですっぽり覆う靴のようなものがほとんどです。なかには日本のつっかけのようなものや猫やうさぎの形をしたものもありますが。)で表れたら、"Shall I take my shoes off?" (「靴を脱ぎましょうか?」)と言ってみたほうが無難です。たぶんこの家では靴を脱いですごしていると考えられます。 余談ですが、靴を脱ぐ習慣のないイギリス人の中には(とくに、配管工事人や電気工などの職人さんたち)、穴のあいた靴下をはいている人が少なくありません。また、足が異常に臭い人もいるようですので、靴を脱ぐよう無理強いはしないほうが、相手に恥をかかかせないで済むと思います。 |
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● 一言イギリス英語講座 - "sod's law"
"sod" は、いけ好かないやつとかばか野郎とかいった意味です。(あまり上 品な言葉ではないので、この言葉を単独で使うのは、女性は避けたほうがよいでしょう。) "law" はここでは法則を意味します。アメリカでは、"Murphy's Law" という言葉が全く同じ意味で使われていますが、イギリスでは "Sod's Law" のほうがずっと日常会話で頻繁に使われています。日本語には、もともとこれに該当する言葉はないように思いますが、アメリカの習慣に則って、「マーフィーの法則」という言葉が使われているようです。(三笠書房からは、マーフィーの法則研究会によるマーフィーの法則に関する文庫本が出ています。)この「マーフィーの法則」は下の語源の欄で述べるように、「潜在意識を活用して、自己実現を果たそう」というジョセフ・マーフィーの黄金律(ゴールデンルール)とは関係がありません。 意味のほうですが、もともとは、"if anything can go wrong, it will"、つまりうまくいかない可能性のあることは必ずうまくいかない、ということです。ここから発展して、現在ではことがうまく運ばない時、運の悪いタイミングで運の悪いことが起こる時などに、人生に対するあきらめの念を込めて使われます。例えば、いつか使うこともあるだろうと思って10年間とっておいたが、全く使わないので捨てると、その翌日にそれが必要になる、などです。上記のマーフィーの法則研究会では、「電車に乗った途端に忘れ物を思い出す。」「目的地についた瞬間にタクシーのメータは上がる。」などといった例をあげています。(この例をもっと知りたい方は、嘉門達夫の「マーフィーの法則」という歌を聴いて下さい。) "Murphy's Law" の語源には二つの説があります。(残念ながら、"Sod's Law" のほうはわかりません。)一つは、アメリカ海軍が発行していた教育マンガシリーズに登場する、いつもヘマばかりしている人物の名前をとったという説です。もう一つは、カリフォルニアの航空関係の会社に勤めるジョージ・ニコルス (George Nichols) によって1949年に作られた、とするものです。ニコルズの同僚のエドワード・A・マーフィー (Captain Edward A Murphy) の発言、「間違った方法があれば、必ずそれをする人間が現れる。」というのが、「マーフィーの法則」という言葉のもとになったと言います。ある説によると、油圧系統のバルブの取り付け方についてなされたこの発言は、もともとは建設的な意味であったということです。もし複数の取り付け方があると遅かれ早かれ必ず間違った取り付け方をする人が出てくる。だからどんな人でも間違いをおかす可能性がないように、正しい取り付け方しかできないように設計すべきだ、というのが彼の真意だったというわけです。もしこれが本当だとすると、結局悲観的な意味に受け取られ、現在では悲観的な意味で頻繁に使われているということは、やはり人生には運の悪いことのほうが多い、ということでしょうか? と、ここまで保存しないで一気に書いたら、どういうわけかエラーメッセージが出て強制終了になってしまいました。(だからこれは一から書き直した文章です。)長文を保存をしないで一気に書ききると強制終了になって消える。これが、"Sod's Law" というものですね。 |
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● 今年もよろしく
そういうわけで、新年第一号の "Anglo-bites" でした。今年もいろいろな話題をイギリスからお届けしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。皆様からのご意見、ご希望もお待ちしております。構成上、この欄でご意見を取り上げられない場合でも、読者の皆さんへのメッセージコーナー、"Tales from the Riverside" (河畔物語)でご紹介させていただきますので、どうぞお便り下さい。(もちろん、お返事は必ず差し上げます。) |