● イギリスのインターネット文化
「イギリスにも日本の顔文字のようなものがありますか?」というご質問をずいぶん昔に読者の方からいただいたことがあります。それ以来、イギリスのネット文化も進展を遂げましたが、電子メールを中心に、今回は、イギリスのインターネット文化について取り上げてみたいと思います。
まず、上記の質問ですが、日本の顔文字に相当するのが、emoticonと呼ばれるものです。感情(emotion)とアイコン(icon)を組み合わせた合成語で、コロン・ダッシュ・括弧など句読点や記号を組み合わせて、特定の感情を表す顔の表情を視覚的に表現します。コンセプトとしては、日本の顔文字と同じですが、異なった記号の組み合わせが使われます。例えば、:-)(笑顔、喜びを表す代表的なシンボル)、:-((悲しみ、落胆を表す代表的なシンボル)のほか、D(笑い)、XD(爆笑)などがよく使用されています。いずれも、 首を90度左に傾げて見ないと表情に見えないのが、日本の顔文字と比較しての特徴かもしれません。
最近は、emoticonに加え、smiley face(ニコちゃんマーク)と呼ばれる、さらに視覚的なシンボルが頻繁に利用されるようになってきました。黄色の円形にさまざまな表情が描かれたものです。(最初は、名前の通り、笑顔だけでしたが、最近は、笑顔のバラエティーだけでなく、悲しみなど、様々な表情を表すものが現れてきました)さらに、最近は、拍手など各種絵文字がよく使われる傾向が出てきています。拍手マークは、自分のコメントに、「賞賛」という意味を補足する、あるいはその意味合いを強調する意味がありますが、最近は、ただ単に視覚的に自分のコメントを目立つようにする目的で、様々な絵文字が利用されつつあります。
イギリスの電子メール文化は、テキストメッセージあるいはSMSと呼ばれる携帯メールが前身となっています。ブラックベリーなどのスマートフォンが出現する前の携帯電話のキーパッドでは、数字とともに、3〜4のアルファベット文字が1つのキーに並列されています。つまり、cという文字を表示するためには、aのキーを3回押さなくてはなりません。これでは、文字入力に非常に時間と手間がかかるゆえ、メッセージ自体を極力短くすることに全力が注がれていました(このようなmulti-tap方式の欠点を解消すべく、predictive textが考案されましたが、上手に使えるようになるには、時間がかかるため、multi-tap方式に固執する人も少なくありません。ときどき、想像を超越する、ものすごいミススペリングに出くわすことがありますが、これなどもpredictive textの副産物かもしれません。)
メッセージを極力短くするためにしばしば使われるようになったのが、アクロニム(頭字語)です。インターネットで、もっとも、よく使われる頭字語が、「LOL」(Laugh out loud。携帯では、しばしば小文字が使われることも)で、日本の「(爆)」あるいは「(笑)」に相当します。頭字語は、掲示板やサイトの書き込みなどでも、よく使われるようになり、その代表的なものが、OMG(Oh My God)、IMOもしくはIMHO(in my opinion/in my humble opinion)、FYI(for your information)、BTW(by the way)などです。
メールで(爆)や(笑)を使うのに、わたしはかつて強い抵抗を覚えていました。まず、これは、まるで漫才師が笑わせる場所で、客に笑いを催促するような感じがしたからです。あるいは、漫才師が自分のジョークに自ら笑うような感じで、これも、いただけません。次に、本当に練れた文章だったら、文章だけで、真剣なのか、皮肉なのか、ジョークなのか判断がつくのが当然。わざわざ、(笑)と書かないと読み手にどんな気持ちかわからないようだったら、それは、文章として十分に洗練されていない証拠です。というのが、かつてのわたしの批判の中心点でしたが、携帯メールや字数制限のあるツイッターなどのソーシャルネットワークの普及とともに、簡潔なメッセージというものが重視されるようになり、それとともに、短い時間に短い表現でメッセージを書くためには、こうしたト書きや顔文字を利用するのも必要悪かもしれないと諦観するようになりました。少なくとも、冗談で書いたことを真剣に取られるといった、要らない誤解を防ぐことはできます。
文字入力の省力化の例としては、正しい綴りの代わりに、文字や数字の音を利用して、文字数を減らす傾向も挙げられるでしょう。「u(you)」、「r(are)」、「4(for)」、「2(to, two,too)」、「gr8(great)」、「b4(before)」などがその例です。声に出して読んでみれば明確なのでしょうが、一見したところ、まるで暗号のよう。
話すように書くと言う点では、ロンドンっ子やアイルランド人の友人が、スペリング無視で、話すごとく書いているのには、驚きました。ロンドンっ子の友人の場合は、"th"が"f"になっています。ヒップホップ文化の流行を反映して、若者が"the"を"da"、"thing"を"ting"と綴ったりするのには慣れてきたものの、60代、70代の友人たちが、ソーシャルネットワークにデビューした途端に、同様の行動を取ったのには、ちょっと面食らいました。これも、実際に声に出して読んでみるまでは、まるで暗号のようです。(声に出して読んでも、アクセントに慣れてなければ、やっぱりちんぷんかんぷんですが。)
インターネットの普及で乱れてきたのは、スペリングだけではありません。英語自体も乱れてきました。よく見られる間違いは、thereとthier、you'reとyourの混同。これも、最初はただの綴りの誤りかと思っていましたが、実際には、発音が同じであるため、2つの語の区別がつかず、混同して使っている人が多いようです。また、「should of」、「would of」、「could of」など、「have」の代わりに「of」と綴る人も多く見かけます。これは、文法的には「have」が正しいにもかかわらず、音が似ていることから、「of」と思い込んでいる人が多いのではないのでしょうか。
インターネット媒介の普及の影響は、特に、句読法の欠落によく表れています。これは、携帯メール時代からの名残でしょう。携帯のキーパッドでは、句読点の入力に手間隙がかかったことから、句読点が省略される傾向がありました。句読点の乱れは、一般的な英作文でも、最近の傾向として嘆かれていますが、インターネット文化の興隆は、さらにそれに拍車をかけていると言えるでしょう。極端な例では、句読点をまったく使わずにメッセージを書く人もいます。
インターネットの普及により、遠く離れた家族やネット友達とのコミュニケーションは盛んになりましたが、逆に実際に面と向かっている人たちとのコミュニケーションがおろそかになりつつある傾向があります。スペインのバーで、4人のイギリス人の若者がテーブルを囲んでいましたが、皆それぞれの携帯に夢中。口を開く者は一人もいませんでした。そこに新たに、2人の男性がやって来て、仲間に加わりましたが、最初に簡単な挨拶をかわしたきり、皆の目は再び携帯に。後から来た2人もそれぞれ自分の携帯を取り出して、携帯の世界に入りました。このイギリス人の男性たちは、スペインで育った地元の若者なのでしょうが、せっかくバーまで足を運んで、わざわざ皆が集まったというのに、友人たちとのひとときを楽しむよりは、携帯に没頭するというのは、とても残念なことです。それでも、若い人たちには、近頃どこでも見られる風景ですが、スペインに休暇で遊びに来たイギリス人の友人を囲んで、6人で食事に出かけたとき、この50代のイギリス人男性が、食事中に携帯メールを始めたのには呆れました。友人の女性が注意して、彼は携帯をしまいましたが、わざわざスペインにまで来て、普段会えない友人たちと食事をしていると言うのに、バーチュアルの世界のほうを大切にするというのは、理解しがたい行為です。
さて、インターネットの弊害ばかり挙げてきましたが、物事には善悪両方の面があるのは常です。最後に、インターネットはよいことに使われれば、効果は爆発的であるという例を挙げて、この号を締めくくりたいと思います。
5月に癌で亡くなった19歳の若者、スティーブン・サットンは、その闘病生活をブログに綴り、フェイスブックやYouTubeなどのインターネット媒介を通して、10代のがん患者の支援団体、ティーネイジ・キャンサー・トラストのための募金活動を行いました。生に対する彼の前向きな姿勢は、多くのインターネットユーザーの心を打ち、集まった寄付金は、すでに目標の100万ポンド(約1億7千万円)の4倍、400万ポンドにまで達しています。彼の活動と早すぎた死は、インターネットの世界だけでなく、イギリスの新聞・テレビでも大きく取り上げられて、一躍全国的な有名人となり、亡くなった今でも、寄付金は途絶えていません。