● Brexit(ブレグジット)
国民投票の実施日が近づくにつれ、最近、さらに頻繁に耳にするようになった言葉が「ブレグジット」。英国の欧州連合離脱を意味します。
2013年1月にデビッド・キャメロン率いる保守党が、総選挙で政権を獲得した折には、欧州連合脱退の是非を問う国民投票を行うと公約し、2015年5月の総選挙の保守党マニュフェストでも、EUとの新しい合意について交渉を行った上でという条件付きで、2017年末までに英国の欧州連合離脱についての国民投票を行うことを確認しました。
今年になって、キャメロン首相は、EU加盟国国籍の移民に対する福祉手当を焦点としたEUとの交渉を行いましたが、一部の進展はあったものの、英国としては不満な結果に終わり、交渉終了をもって、6月23日に国民投票が行われることが発表されました。
国民投票の日まで3週間を切り、英国の欧州連盟離脱を巡る論争は大詰めを迎えつつあります。6日(火)には、"Remain"(残留)派と"Leave"(離脱)派をそれぞれ代表して、キャメロン首相と英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ氏とによるテレビ討論も予定されています。政党別の姿勢としては、保守党が原則的には中立、労働党・自由民主党・グリーン党・ウェールズ・スコットランド国民党などは残留派、英国独立党・民主統一党は、離脱派となっています。しかし、どの党も、党員に対して党と同一の姿勢を取ることを強制していないことから、特に保守党では、この問題を巡る分裂状態がひときわ目立つ状態にあります。キャメロン首相と財務大臣のジョージ・オズボーンを中心とした内閣首脳は残留を支持していますが、司法大臣のマイケル・ゴーブや前労働・年金相のイアン・ダンカン・スミスなどの保守党議員に加え、次期党首と見なされる前ロンドン市長の保守党議員、ボリス・ジョンソンが離脱支持を表明し、離脱キャンペーンの先導役となってから、保守党内での亀裂は特に顕著です。これに対して、労働党は、支持母体の労働組合が残留を支持していることからも、一般的に残留派として団結していると見られています(労働党党首のジェレミー・コービンの残留支持には、いまいち力が入っていないと批判を受けたほど。)
英国の欧州連合離脱を巡る論争は、様々な面に渡りますが、欧州連合のもっとも重要な目的が、加盟国内の人と物・金の行き来の自由にあることから、経済と移民の問題が離脱の是非のもっとも重要な鍵となっていると言えるでしょう。
英国に拠点を置く国際企業の多くは、現状維持のEU残留支持を表明しています。この傾向は、銀行業界で特に強く、EU脱退を強く懸念。離脱が事業に対する悪影響を及ぼすことを60%の企業が懸念しているという調査結果が出ています。
離脱に伴う国際企業の英国撤退を受けて、失業が懸念されていますが、トヨタ自動車のように、英国が離脱しても、英国での生産を続けると現在のところ表明している企業も少なくなく、離脱派は、失業増加を示唆する証拠はないと主張しています。
また、英国の貿易相手国として、欧州連合加盟国は、かつてほど重要ではなくなっており、むしろ、英国は欧州連合加盟国にとって「お客様」となっていることから、加盟国のほうこそ、英国の離脱を心配すべきだという説もあります。
離脱の場合の英国経済の見通しは、一般的にネガティブですが、欧州連合の規制が適用されなくなることで、プラスの影響も見込まれています。また、欧州連合の予算に関しては、英国は、寄与のほうが恩恵より大きくなっているため、この点が、離脱派の論点の目玉となっています。
一方、為替市場は、英国の離脱を英国経済にとってマイナス要因と見なしており、また、最近発表された経済予想は、どれも、離脱後の英国経済は不景気に陥るだろうというものです。しかし、これらの報告書は、首相・財務相が委託したものであったり、EUが資金提供する団体によるものであったりして、その中立性が疑問視されてもいます。が、経済は、残留派にとっての強みと一般的に見られています。
経済が「頭」(理性)の問題としたら、「心」(感情)の問題となるのが、移民問題です。先に述べたEUとの交渉の最重要点となっていたのが、EUからの出稼ぎ労働者の母国にいる子供たちへの児童手当支給ですが、英国の廃止案は全面的には受け入れられず、暫定的な縮小という不満足な結果に終わりました。
移民問題が、離脱派にとって、もっとも一般にアピールする点であり、これが離脱派の切り札になっていることは否めません。英国国民だけでも、住宅・教育・医療制度は、パンク寸前であるのに、この上、さらに加盟国からの移民が増えれば、こうした制度は破たんするというのが離脱派の論点です。
また、EU外からの移民問題については、昨今のテロ事件を受けて、国家安全保障も大きな論点の一つとなっていますが、国境を廃止したシェンゲン協定加盟国を主体とする欧州連合とのつながりを断つことで、再び自国で国境警備を管理することができるようになるというのが離脱派の主張です。その一方、残留派は、欧州連合のデータベースや諜報活動を通して収集した情報を利用することができることから、連合にとどまったほうが英国は安全だと主張しています。
党別の姿勢は上述したとおりですが、地域別では、スコットランドに残留派が多く、このため、離脱が決定した場合、再びスコットランドで英国離脱を問う国民投票が行われる可能性が大きいと報道されています。
スコットランドの国民投票といえば、「頭は残留と言っているが、心は離脱(=独立)と言っている」とスコットランド人全員の心情を端的に表現したスコットランド人男性がいましたが、これは英国のEU離脱問題にも言えることでしょう。上記の経済と移民に加え、司法の問題がありますが、これこそ、国家としての主権を求める英国人の「心」を雄弁に語る問題と言えるかもしれません。欧州法は英国法に勝ることが定められており、これに従って、英国最高裁判所の裁定が欧州裁判所でくつがえされた例などから、EU離脱が英国の司法上の主権を取り戻すことにつながると見る向きもあります。
投票結果については、まったく予断を許さない状況が続いています。2週間前の世論調査によると、残留が優勢でしたが、ごく最近の調査では、これが離脱に傾いています。この結果を受けて、為替市場も変動しました。
が、本当の大多数の意見は「決断に必要な情報が不足している」というものでしょう。政府による国民投票の手引などのパンフレットも発行されていますが、内閣の中心となっているのが残留派であるため、そうした情報が残留を示唆する方向に傾いているとの批判もあります。情報の中立性は別としても、最大の問題は、離脱したらどうなるのかは誰にもわからないということです。離脱の影響は、現在考えられる範囲を超越していると言えるでしょう。実際に起こってみないとどうなるかはわからないというのが真実のようです。少なくとも、残留については、現状維持という意味で、結果はわかっている分、不安は少ないかもしれません。投票結果が興味深いものです。