Anglo-bites

 **イギリスつまみ食い**

第79回の目次
● 2012年のイギリス
● スペインのお葬式

● 2012年のイギリス

ご無沙汰いたしました。前回発行からあっという間に5ヶ月が経ち、年も変わってしまいました。今回は、イギリスの2012年を振り返ってみたいと思います。

2012年イギリス最大の話題は、なんといってもオリンピックでしょう。前回号では、後記で少しだけオリンピックの開会式に触れましたが、最近発表された各国別のオリンピックの印象では、インドが最高の好感度を表明し、感銘度がもっとも低かったのは、中国という結果が出ていました。前回開催国としては、自分たちのオリンピックのほうがずっとよかったということなのかもしれません。イギリスの肩を持つようですが、不景気の中、無料奉仕のボランティアをフルに利用して、大会を成功に持っていったのは偉業と言えるのではないでしょうか。

もちろん、問題がまったくなかったわけではありません。まず、開催前に警備員不足の不手際がマスコミで大きく取り上げられました。民営警備会社グループ4(フォー)がオリンピックの警備を担当しましたが、大会開始までに、十分な数の警備要員を雇用・訓練することができず、同社の経営幹部2人が責任を取って辞職するという騒ぎにまで発展しています。同社としては、会社の宣伝・名誉のために、商業的には不採算であることを承知で、オリンピック警備の契約を獲得したのでしょうが、この不祥事で会社の名前に傷がつき、その思惑がまったくの裏目に出た結果となりました。

もう一つ非難を受けたのは、チケットの割当方法です。開催前から、チケットの割り当てには批判が多く、希望者、特にロンドン住民の手に入りにくいという不満が起こっていましたが、蓋を開けてみると、空席が目立つ種目が見られ、さらに批判が集まりました。チケットの少なくとも5分の1が、スポンサー・オリンピック委員会役員・国際スポーツ団体・マスコミに割り当てられており、空席はこれら「オリンピック・ファミリー」に割り当てられた部分で目立ったため、チケットの分配方法に疑問が投げかけられたのです。空席をなくすための当座の案のとして、上記のグループ4の不祥事から警備員不足を補うために動員された軍隊が、警備の合間にこうした席を埋め、観戦してもらうという策が取られました。その後、チケットを再分配し、一般希望者に販売することで、空席問題は解消しています。

ちなみに、警備を通して、これまでにあまりなかった軍隊と一般との交流が生じ、そのフレンドリーな対応から、軍隊の人気が一段と上がるという思ってもみなかったオリンピック効果が生じています。

招致運動後、開催が決まった時点では、国内では懐疑的な意見が多かったものの、結果的には国民全体から大成功として認められているようです。開会式は、イギリスの優れた部分を強調したショーを目玉にしており、イギリス人としての誇りをかきたてらる内容は好意的に受け止められ、国民の気分を高揚しました。オリンピックで盛り上がった愛国心は、オリンピック終了17日後に開催されたパラリンピックにも引き継がれ、イギリス選手には大きな声援が送られました。愛国心の高揚と共に、パラリンピックに対する意識も深まったようです。

イギリスらしい金メダルの祝い方としては、金メダル受賞者の出身地の郵便ポストを金色に塗るというのがありました。これも、五輪代表者の成功を地域社会に結びつけることで、愛国心高揚に貢献したと言えるでしょう。

2000年に発行した「イギリスの地域対抗意識(1)」の中で、「(オリンピックがイギリスで盛り上がらない)本当の理由はイギリス (Great Britain) ということになると、人々の愛国心がかきたてられないということなのではないでしょうか」と書きましたが、自国開催のオリンピックとなると、さすがに今回は盛り上がりました。チームGBという愛称で知られるイギリスチームが、メダル獲得数で3位に入る活躍したのが、大きな要因でしょうが、自国選手の活躍や応援にイギリスが連日沸いていたのを見たのは、今回が初めてでした。2012年は、オリンピックと後述するエリザベス女王在位60周年記念行事とで、イギリス人としての愛国心が大いに盛り上がった年と言えるかもしれません。

 

イギリスで今回初めての試みの一つが、チームGBのサッカー競技出場でした。サッカーはイギリスでもっとも人気のあるスポーツですが、サッカー協会が、イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドと4つのカントリー(イギリスでカントリーと言うと、主権国家のほかに、この4カ国をも指します)に分かれているため、これまでオリンピックには出場していませんでした。また、「イギリスの地域対抗意識(2)」の中でもご紹介したように、この民族的・文化的に異なる4つの国に基づく愛国心と国 民意識は非常に強く、開催国イギリスとして、4つの国を統一したサッカーチームを出場させることが提案されたとき、激しい論議を呼びました。イングランド以外の3つの国のサッカー協会は、それぞれの独立性が脅かされることから猛烈に反対し、オリンピック参加に対して好意的な発言をしたウェールズ選手たちが、自国のサッカー協会からの批判に負けて前言を撤回するといった事件もありました。結局、イングランドU-21代表のコーチを監督として、チームGBが組織されることに決まりましたが、チームはイングランドとウェールズの選手主体で、スコットランドと北アイルランドからは五輪代表が一人も選出されなかったことがわかると、今度はスコットランドと北アイルランドの両国から激しい抗議が起こりました。スコットランドでは、近年独立に向けた動きも高まっており、チームGB参加に関しては、当初は激しく反対をしていたのに、いざ自国から誰も選ばれなかったとなると、不満なのは面白いものです。

余談になりますが、イギリスの地域対抗意識と言えば、マンチェスター出身の漫才師、ジェーソン・マンフォードの漫談にイギリスの地域対抗意識を典型的に示した話があります。マンチェスターとリバプールは、わずか43キロしか離れておらず、両都市間には激しい対抗意識が存在します。が、マンチェスター出身者とリバプール出身者の間に、ヨークシャー出身者が来ると、途端にマンチェスター出身者とリバプール出身者は、イングランド北西部ということで徒党を組み、ペナイン山脈を隔てたヨークシャー出身者に対抗します。ちなみに、マンチェスターを中心とするランカシャーとヨークシャーの間には、赤バラを紋章としたランカスター家と白バラを象徴としたヨーク家との間で起こった薔薇戦争の昔から、もともと激しい対抗意識があることが知られています。で、そこに今度はロンドン人が来ると、今度は3人は北部人ということで団結し、南部にライバル意識を見せます。そこに、スコットランド人が加わると、今度は4人がイングランド人として団結し…という具合に話が進み、最後のオチは、宇宙人が地球に襲来すれば、地球の人類はみな地球人ということで、団結するだろうとなります。

2012年はまた、エリザベス女王の在位60周年にもあたり、この年、6月5日が特別に公休日となったほか、通常5月最後の月曜日になるスプリング・バンクホリデーが、この年は6月4日に移動し、6月初めの週末は4連休となりました。これを利用して、各地でさまざまな公式行事が行われたほか、個人・地域社会単位でも、あちこちでストリートパーティーが開かれました。旗飾りをはじめ、ユニオンジャックをあしらった商品が売れに売れた年でもあります。公式行事最大のものが、テムズ川で行われたリバーパージェントとバッキンガム宮殿で行われた記念コンサートでしょう。リバーパージェントでは、1,000艘以上のボートが水上パレードに参加し、王族を乗せた豪華な屋形船がそれに加わりました。あいにくの雨でしたが、沿道では150万人もの人が集まってこのイベントを見物したそうです。船上でびしょぬれになって、歌を歌い続けたコーラスグループも健気だと思いましたが、長時間に渡るパレードを船上で立って見守り続けていた女王(内輪話では、ときどき下の客室に降りて行っては、暖を取られていたそうですが)も立派だと思いました。特に、フィリップ殿下は、高齢にもかかわらず、連日の記念行事参加でたいへんなことだと感心していましたが、翌日具合が悪くなられたのも無理のないことです。幸い、すぐに退院されて事なきを得ました。

2012年の大きな事件としては、ジミー・サヴィルの児童虐待スキャンダルが挙げられるでしょう。ジミー・サヴィルは、イギリスのDJで、BBCの人気子供番組の司会者としても知られました。慈善団体や病院のための資金集めの努力が認められて、1990年にナイトの称号を授けられています。その死後ほぼ1年にあたる10月に、ITVのドキュメンタリーがきっかけとなり、60年間に渡って子供たちに性的虐待を加えていた疑いで、警察が調査を開始しました。その後、400件に上る訴えが起こっており、被害者は300人にも上ると言われています。また、この事件をもみ消そうとしたBBCや、見てみぬふりをしていた病院・精神病院・ホスピス、同様の性犯罪に加わっていた有名人など、この事件の波紋はさらに広がりました。すでに今年に入っても、この事件が再び話題になっています。加害者が他界していることから、起訴することはできないもの、被害者の訴えを受け止めるため、また同様の事件の再発を防ぐために、警察ではこの事件の調査を進めています。特に、本来なら弱者を保護する立場にあった医療機関が、資金集めの最大貢献者に対して、子供たちを餌食として差し出すことを拒めなかったことが重要問題視されているのは当然のことでしょう。

また、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙の電話ハッキング事件についての公聴会の報告が、2,000ページ以上に及ぶレベソンレポートとしてこの年11月に発表されました。この事件は、2007年に同紙の編集員および私立調査員による違法の通話傍受に端を発し、2011年には、大衆の反発および広告を引き下げる企業が相次いだことから、廃刊に持ち込まれています。電話ハッキングの被害者となったのは、作家JKローリングや政治家・俳優などのさまざまな有名人だけでなく、刑事事件の被害者など一般人にもおよび、プライバシー侵害問題としてだけでなく、道徳的事件としても反響を呼んだほか、警察の汚職事件にまで発展したことからも、その影響は大きなものでした。

12月3日には、ウィリアム王子妃の懐妊が伝えられ、おめでたいニュースにイギリスは沸きましたが、その数日後、オーストラリアのラジオ局のいたずら電話にだまされた看護婦が、キャサリン妃の病状を明らかにしたことで問題になったことを苦にし、首吊り自殺したことから、明るいニュースが一転して暗い影を投げかけることになりました。(ちなみに、ロイヤル・ベビーの誕生は、今年7月になるとの報道が今日ありました。)

最後に、イギリスのニュースではありませんが、マヤ文明が予言していたとされる12月21日の世界の終わりは実現しませんでした。もっとも、その12月21日の過ぎた今では、マヤ文明の暦が2012年12月21日で終わっていたのは、新しい時代の幕開けを表しているのだという解釈に落ち着いているようです。

さて、2013年は、イギリスにとってどんな年になることでしょう。

● スペインのお葬式

前回発行から、3週間弱の短いイギリス滞在を経、フランスに戻り、10月中旬にフランスからスペインに移動しました。これでしばらくは、スペイン滞在の予定です。

 

2年前に義父の葬式をきっかけに、「イギリスのお葬式」というテーマで発行しましたが、1月3日に初めてスペインのお葬式を経験しました。亡くなったのは、サポーターズ仲間のイギリス人男性で、遺族のリクエストにより、アーセナルのユニフォームを着て参列という不思議なお葬式でした。故人の義理の息子さんの話では、故人も自分のを着ているからということでしたので、きっとアーセナルのシャツを着て、棺に納められていたのでしょう。

もっとも、他の人たちも普段着が多く、黒い服やスーツなどを着た人は、ほんの一握りほどでした。友人の話によると、夏の葬式では、ティーシャツにショーツという人もいたそうです。40度の猛暑の中、スーツや黒い服は、さすがに暑くてたまらないのでしょう。生きている人の都合が第一なのですね。

 

参列者がほとんどイギリス人だったこともあって、英語で式が行われましたが、司会者(服装からして牧師さんではなかったみたい)は、故人の名前を間違えたり、式次第を誤ったりして、そしてまた、それを隠さないところがさらに素人っぽくて、喪主の娘さんが気の毒でした。この葬儀場は、町の中心にあって、火葬場が併設されていなかったこともあるのでしょうが、棺はそこに置かれたままで、みんなで去って行く棺を見送るという場面がなく、なんだか物足りないお葬式に終わりました。遺族も、お別れをしたという気分にならなかったことでしょう。

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